« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月30日 (日)

『「日本百名山」と日本人』貧困なる精神T集

Honoda1 『「日本百名山」と日本人』貧困なる精神T集 本多勝一著(2006.4.10)<(株)金曜日> を読んだ。

大学生の時、一番なりたかった職業が「新聞記者」だった。

当事、本多氏は朝日新聞社の編集委員で「署名記事」を沢山書かれていた。特にルポ記事は彼の右に出るものはいないくらいの秀逸なペン捌きで、憧れたものだ。

Honoda2 権力・体制側へのあまりにも愚直で、ストレートな切り込みが多いため、「敵」が多く、また右翼からの脅迫を常に受けていたので、メディアに出る時は、カツラにサングラス姿で身を守っていた。(今、現在も)

私などは、軟弱そのものだから本多氏の生き様を憧れつつ(彼は優れたジャーナリストであり、冒険家でもあり、山岳にも詳しい)、自分には無理だし、合わないし、だから毒舌も軽い感じでユーモアに富むスタンスというのが目指す方向かな。

本多氏の頑固というか、実直というか、生真面目さというか、彼は「USA」つまり、アメリカ合衆国をアメリカ合州国、「州」を使うことをずっと通している。確かにそれが正しいのだけれど。他に『何でもみてやろう』の小田実氏も「合州国」派だ。 もちろん軟弱な私は「合衆国」と書く…。(笑)

彼は「英語」という表現も好まず、「アングル語(いわゆる英語)」として、「日本語」や「アイヌ語」をもっと大切にせよ! と主張している。

“文化は言語から侵略・支配される”という、ことの本質からの危惧なのだ。(本多氏自身は英語も流暢だけれど)

Honoda13本多氏は、「本物や本質」を観る力、見極める眼を備えている人なので、その視点はとても参考になる。学生時代、彼の著書が出る度にすぐ入手しむさぼり読んだ。

デンゼル・ワシントンがその役で映画化されたので、今でこそ「マルコムX」を知っている人は多いけれども、本多氏はず~と、ず~~と前から、マルコムXの偉大さを紹介していた。

前置きが、長くなってしまった…。そう、いままで前書き。(笑)

今回、このシリーズが1年半振りに出版されたので早速読んだ。

その中で、ここで取り上げたいのは、

「そこに山があるから」にまつわるエピソードである。

この件について、本多氏は20年以上前から同様のことを言っているが、今回その確たる証拠もみつけての力の入ったものだった。

山岳仲間でも、そうでなくても「そこに山があるから」、というフレーズは名言として大衆化されている。

本多氏は、本来の意味と違って広まっていることに異議を唱えている。

そして、本来の意味でこれを捉え、冒険への精神論としての機軸・根幹として思いを語る。

Honoda6 引用する。(*マロリーは有名な登山家。この時点では、チョモランマ(エベレスト)は未踏峰、誰も登頂成功していない)

「 今から82年前の『ニューヨーク=タイムズ』(1923318日)は、合州国に滞在中のジョージ=L=マロリーへの面会記事を掲載した。マロリーはイギリスのチョモランマ(俗称エベレスト)登山隊に、すでに1921年と22年の2回加わっており、この時は3回目の1924年を前にしていた。同紙はマロリーに質す、

「なぜエベレストに登りたいと思ったのですか?

これへの回答が、有名な「存在するから」(Because It’s there)であった。」

Honoda11 即ち、マロリーが答えたのは、「“それ”があるから」であって、「それ」とはチョモランマであり、より正確には「まだ誰も登頂していない世界最高峰」である。2番目以下の標高の山でもなければ、2回目以後の登頂を目指す行為でもない。<だからItと大文字で強調されているのだろう。>このことは50年前の学生時代に書いた私の論文「創造的な登山とは何か」以来しばしば強調してきた。

となると、マロリーの言葉を「山があるから」などと訳すことがどんなにひどい誤訳か理解されよう。これはもう冒涜だ。何万人目か見当もつかぬ槍や穂高に登る行為と、世界最高の未踏峰を目指す行為――この正反対の登山とを一緒くたにしているのである。この大誤解やその亜流は、有名な登山家や著述家の本にもしばしばみられる。 」

つまり、本多氏は「世界最高峰のまだ誰も踏み入れていない未踏峰に挑戦する精神・行為が尊い」と、それがマロリーの本意であって、この名言を軽く扱うな、と憤っているのである。

Honoda8 マロリーは、この名言から翌年にあたる1924年、3回目のチョモランマで遭難し死亡(享年38歳)。(死体は75年後の199951日に発見される)

本多氏は、この項を以下の言葉でまとめている。

「マロリーの言葉は決して出まかせや軽い調子で語られたものではなく、偉大な岳人による深い洞察を背景にしてこそ口にできた名言であろう」

余談になるが、マロリーの孫(ジョージ・マロリー・ジュニア)が、1995年アメリカのエベレスト遠征隊のメンバーとして、チョモランマ登頂に成功している。やっぱり、血は争えない?!

この一件を知ってから(もちろん今回ではなく、学生時)、

「トムさんは、何故山に登るの?」と聞かれたら、

「そこに、僕の好きな山があるから」

と言うことにしている。

これなら、本多さん怒らないよね?! 名言…、いや迷言かな。(笑)

| | コメント (4)

2006年4月29日 (土)

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』

Haluki2 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』 J.D.サリンジャー著 新訳:村上春樹(白水社)を読んだ。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とは、あの有名な『ライ麦畑でつかまえて』野崎孝訳(白水社)発刊から42年後、先月発刊された村上春樹氏の新訳版である。

『ライ麦畑でつかまえて』の原著はアメリカで1951年に刊行され、野崎氏の邦訳(250万部突破)は1964年。原書、翻訳を合わせると全世界で6000万部を超えるという、お化け本だ。

先月、村上春樹の新訳ということで話題になっていた。

実は、私は「村上春樹ワールド」が好きでない。彼の文学的世界観に違和感があることと、深い考察もなく社会派気取りの内容を取り混ぜることに反感すら覚えるからだ。

それでも(全部を読んでいるわけでもないけれど)『ノルウェーの森』以来の話題作のほとんど、『海辺のカフカ』に至るまで完読している。

つまり、彼の“文体”は「アンチ春樹的な私」でもぐいぐい引き込んで読ませる力がある。

私がアンチ春樹的なのは、もしかしたらその文体に嫉妬しているのかも知れない…。(苦笑)

そして、「再読」ということを私はあまりしない。(けして、再読に意味がないと思っているわけではない)

俗に言う「積読(つんどく)」という、目前の「未読の本の山」におののき、再読へのベクトルが小さいのだ…。

Haluki8 そんな中、遥か昔に読んだ『ライ麦畑でつかまえて』42年振りの新訳ということに、興味が湧き『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を手にしてしまった。形を変えた「再読」ということになる。

ストーリーは、「主人公ホールデン(16歳)が、成績不振や反抗的態度で、クリスマス休暇をもって高校退学を命じられ、その休暇前の土曜の午後から月曜の昼までの3日間をホールデンの語り口で綴られる」というシンプルなものだ。

このシンプルな話に、世界中の若者が飛びついたのは、その時代性もあるけれど、やはり「大人への不信」という、若者が持つ普遍的な感覚に共鳴したのだろう。

春樹訳を読みながら、野崎訳を読んでいた時に感じていたことが甦ってきた。

「小心者のいいわけ野郎」、「優柔不断な弱虫」、「ひねくれ者」…、当事の私は、共鳴ではなく「ホールデンは情けないヤツだなあ」と感じ、もっとちゃんと反抗実行しろよ!と心の中で叫んでいたのである。

大人へ擦り寄れと思っていたのではなく…、それで私は実際中学生卒業時、「考え方」を巡って父親とぶつかり勘当されたことがある(若気の至り?!)笑。

Haluki9 春樹新訳は、読みやすい。そういえば、ホールデンは彼の小説に出てくる主人公たちにどことなく似ている性格で、彼がこの作品を選んだのが分かるような気もするし、ある意味適役だったかもしれない。

『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ若かりし時(10代の頃)は、この作品の物語はどんな話なのか、そのストーリーを追っていくことが主眼で読んでいたように思う。

今回『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んでいる時は、ストーリーを追うということよりも、謎多きサリンジャー氏が、「30代初めに何を考えながらこの作品を書いていたのだろう?」と作者を見つめることが主眼になっていた。

新訳本のラストに、

「本書には訳者の解説が加えられる予定でしたが、原著者の要請により、また契約の条項に基づき、それが不可能になりました。残念ですが、ご理解いただければ幸甚です。 訳者」

とのコメントが入っている。

J.D.サリンジャー、正式名はジェローム・ディヴィッド・サリンジャー(Jerome David Salinger)、1919年生。

この謎に包まれた隠遁生活を続ける老齢なサリンジャー氏は、とことん頑固である。(笑)

この作品の映画化も何度となくオファーされているが、頑なに拒否している。

サリンジャー氏の娘、マーガレット A.サリンジャー女史が、『我が父サリンジャー』で、父親の謎に包まれた素顔を明らかにした回想録も出しているが、それでもなお、まだまだ謎多き不思議な作家である。

そして、村上春樹氏は今回の新訳に味をしめて次回は『フラニーとゾーイ』の新訳に取り掛かるのだろうか?

それが出たら、私はまた読んでしまうのだろうなあ…。(笑)

| | コメント (6)

2006年4月27日 (木)

■勝手な映画評(第15回) 『陽気なギャングが地球を回す』

■ 勝手な映画評(第15回)

『 陽気なギャングが地球を回す』  ■

  ◎総合評価: 25 / 100

Yoki8 作品名: 『陽気なギャングが地球を回す』(2006年/日本/91分)

監督: 前田哲

原作: 伊坂幸太郎

出演: 大沢たかお、鈴木京香、佐藤浩市、松田翔太、他

分野: サスペンス/コメディ

公開予定: 2006.5.13(土)

Yoki5物語

見ただけで人の嘘が分かる能力を持つ男(成瀬:大沢たかお)、コンマ1秒まで正確な体内時計を持つ女(雪子:鈴木京香)、いいかげんだが演説達者な男(響野:佐藤浩市)、生まれついての若き天才スリ師(久遠:松田翔太)。

この能力を持つ4人が出会い、チームを結成し、ロマンある犯罪計画を実行する。それは、大胆不敵な「銀行強盗」。

しかし、犯行直後に別の覆面強盗にあっさり奪った現金を奪われる。

内部の裏切りか? それとも盗聴か?…

4人と新たな強盗団と警察と、4人の知り合い等々、様々に入込み、入り乱れての展開で、ストーリーの終結はいかなるものに…

Yoki1寸評

う~ん、これは映画というより、「漫画」である。

そう思っていたら、配られたチラシの中に、「2006.4/27発売!完全漫画化、人気作家伊坂幸太郎作品、初のコミックスに!」なるものが入っていた。映画にしないで、コミックスだけでいいのでは? というのが正直な感想。

しかしながら、試写が終わって周りから聞こえてくるのが、「面白かった~」「友達に観るように、私、薦める!」「めちゃ、よかったねー」という若者たちの声が響く…。

(貴方たちは、こんな作品で満足しちゃうの?)若いアニメ世代には、ゴキゲンな作品だったようだ。アニメ(漫画)世代って言っても、『ガロ』じゃないよ(笑)

Yoki7 私が年寄り?!だと思われてもいい(笑)、全編に渡って「くだらない」「ばかばかしい」、何が嬉しくて…、いや、もしかするとコレは演技する側や製作側は遊んでいるような気分で楽しかったのかも…。

ただ、少なくとも映画の秀作とは何かを知っている「大人」の鑑賞者には、劇場まで足を運んで観る作品ではない。テレビの2時間ドラマで十分だ。91分がいかに長く感じたことか…。

宣伝コピーの「知的で小粋で贅沢なロマンチック・エンターテイメント!!」

どこが??? 「痴的でダサい」とまでは言わないけれど・・・。

●お薦め度:(★5つが満点、☆は半星)

*「軽い分野のアニメ」好き → ★★★★

*浅薄な笑いも楽しめる人 → ★★★☆

*暇つぶし → ★★★

*デート  → ★★

*「重い分野のアニメ」好き → ★

● 「劇場」 VS  DVD」 (どちらで観る?のお薦めは…)

WIN:「DVD

  わざわざ劇場に足を運ぶ作品ではないと思う…

公式HP:  http://www.yo-gang.com/ 

鑑賞日 2006.4.26(水) 特別試写会(東京厚生年金会館)

| | コメント (2)

2006年4月26日 (水)

舞台 『秘密の花園』 4/25

演劇『秘密の花園』を鑑賞して来た。(公演期間: 4/15 4/30

キャスト

いちよ(一葉)&もろは(双葉):三田佳子、アキヨシ:松田洋治、大貫(いちよの夫):大澄賢也

スタッフ

作 :唐十郎、 演出:三枝健起 舞台監督:澁谷壽久、音楽:三枝成彰

Himitu1_1 『日暮里は坂の多い町。

駅前にはうるしの木があり、谷や沼や森もある謎めいた町。

作者の親しんだこの秘密の花園にからめとられた男と女のものがたり。

19824月下北沢・本多劇場の開場記念公演として唐十郎氏が書き下ろし15年後に唐組で上演された作品(緑魔子、柄本明らが出演)

物語

いちよ(一葉)は、日暮里のアパートに住むキャバレーの女。

夫がいながら、部屋に通って来るアキヨシの給料を当てにしている。

アキヨシには縁談話があり、関西に転勤しなくてはならないというのだ。

いちよは結婚詐欺!と言いながらも、お幸せにねと言い残し便所に消える。自殺を図る。と同時に戸口にいちよと瓜ふたつの姉・もろは(双葉)が立っている。

「いちよさんの中に私を見たんでしょ。」

そして、姉のオルゴールの箱。踊り子・マホロボの姿も消えている。

そこから抵抗の陽性のメロディーが

Himitu3_1寸評

アングラである。

意味不明、無意味、不条理、の連続、そしてまた意味不明。

さらに突然くだらない古~いギャクが散りばめられて、シリアスな舞台がいったい何処に着地していくのか、不安定感満載…。

19:00に開始して終了が22:00…、めちゃ疲れた~。

唐十郎作品なので、覚悟はしていたが、ここまで現在(今)に合わせず、当事のままの演出で展開されるから、たまったものじゃない。

あの時代…、赤テント、黒テントなど小劇場でアングラこそ演劇アートの最先端という時には、これでよかったのだろう。

しかし、今それを持ってきても、観客は疲れるだけである。

団塊の世代以上の人が、当事に哀愁を感じつつ鑑賞するとすれば、それなりに楽しめるのだろうなー、と思いながら観た。

三田佳子さんが二役で、ベテランとしての渾身の演技をされていた。(2列目での鑑賞だったので、顔の表情もよく見えた)

何故、唐作品に? と思ったら、そういえば三田さんのお子さんが不祥事(犯罪)で、身元引受人になったのが唐さんだったのを思い出した。

そのお礼なのだろうか??

唐さんは、「水」を利用した演出がいつも派手で見ものだが、今回もそれはある意味見事だった。水利用が得意分野なんだろうなあ。

それにしても、アングラ演劇は、“今”にはもう似合わないというのが正直な感想。演劇アートにも不朽のものはあるけれど、今、ここでアングラの時代ではないと思った。

将来、またアングラ演劇再評価の時代が来ることもないとは言えないが、やっぱり鑑賞後楽しい、幸せな気分で劇場を出たいなあ…。

公式HP:  http://www.t1010.jp/

【 鑑賞日 】 2006.4.25(火)シアター1010

| | コメント (2)

2006年4月24日 (月)

■勝手な映画評(第14回) 『僕の大事なコレクション』

■ 勝手な映画評(第14回)

『僕の大事なコレクション』  ■

◎総合評価: 55 / 100

Boku3 作品名: 『僕の大事なコレクション』(2005年/米/105分)

監督・脚本: リーブ・シュライバー

原作: ジョナサン・サフラン・フォア。

出演: イライジャ・ウッド、ユージン・ハッツ、他

分野: ロード・ムービー/ヒューマン・ドラマ

公開予定: 2006.4.29(土)

Boku12物語

異常なほどの収集癖のあるユダヤ系アメリカ人青年ジョナサンが、ある写真をキッカケ(写っている女性を探す)に祖父の故郷である、よって自身のルーツでもある「ウクライナ」に旅立つロード・ムービー。

ジョナサンは異常的な収集癖がある。弟の歯矯正器具、兄の使用済みコンドーム、父が行ったコンサートの半券、祖母の入れ歯…、共通点は「家族」にまつわる品ということ。

それぞれをチャック付ビニール袋に各々詰めて、収集室である部屋の壁に、父のものは父の写真の下に、兄のものは兄の写真の下という具合にピンで貼り付けている。

ある日、祖母から、亡き祖父と見知らぬ女性が一緒に写っている古い写真を渡される。それがキッカケで、祖父の命の恩人だという写真の女性アウグスチーネを捜すため、祖父の故郷ウクライナへと向う。

ウクライナに着いたジョナサンは、地元の陽気な青年を通訳(たどたどしい英語)にして、その祖父(車の運転)+アホ犬をガイドに、「3人+1匹」の軽いタッチでユーモラスに展開する珍道中が始まる。

しかし、進むにつれ、この土地に秘められた悲しい過去の物語がだんだんと明らかとなる…。

ジョナサンは、女性を捜すことができるだろうか、そしてこの旅が「3人+1匹」にもたらすものとは?

Boku13寸評

主人公の「ジョナサン」は、原作者ジョナサン・サフラン・フォアと同名のユダヤ系アメリカ人。つまり、全て自伝というわけではないけれど自身の思い入れが濃密に染み込んだ作品と言える。

監督デビューのリーブ・シュライバーは、『スクリーム』シリーズや『クライシス・オブ・アメリカ』に出演していた俳優。

冒頭から、トボケた感じで展開するので、その細かいユーモアに会場は「クスクス笑い」が舞う。ユダヤ系インテリ作家らしい、少しひねくれたユーモアではあるが。

ストーリーの全編を覆う根底には、「ユダヤ人迫害」の暗く悲痛な歴史の重さがあるので、けして明るい内容ではない。

それを、ストレートにではなく、ユーモアチックに仕上げたことが、この作品の魅力であるし、製作者の狙いでもあるだろう。

「ユダヤ人」に対する視点だけではなく、ソ連から独立した(1991年独立宣言)ウクライナという国の現実を粒さに見つめる視点もあり、考えさせられる。

Boku5 向日葵がいっぱい咲く畑の中の一軒家を訪ねる場面は、おそらく作者の意図的映像だろうと思うが、凹凸の少ないこの作品の眼の覚めるような映像で綺麗だった。

ユーモラスであるが、作者の冷徹な一面で表現される部分こそにこの作品を創った意味を、鑑賞者は最後に感じることになる。

人間の残酷さと、その残酷さに相反するそれぞれの家族愛の両面を持つ「人間」「民族」「歴史」を表現することに挑戦した作品である。

Boku15 いい作品ではあったが、完成度は高くないのが残念だ。

それから、『指輪物語』で有名になったイライジャ・ウッドが、意図したわけではないと思うが、この作品の肝要な場面で「指輪」との関わりが出て、私の頭の中ではリンクしてしまった。(笑)

●お薦め度:(★5つが満点、☆は半星)

*イライジャ・ウッドのファン → ★★★★

*人間の複雑さを味わいたい人 → ★★★☆

*ウクライナの景色や人を鑑賞したい → ★★★☆

*デート  → ★★

*暇つぶし  → ★☆

● 「劇場」 VS  DVD」 (どちらで観る?のお薦めは…)

WIN:「劇場」

向日葵畑は、是非大画面で!

公式HP:  http://wwws.warnerbros.co.jp/everythingisilluminated/

鑑賞日 2006.4.24(月) 特別試写会(よみうりホール)

| | コメント (5)

2006年4月23日 (日)

イタリアを描く『絹谷幸二展』 4/23

Kinutani6 イタリアを描く『絹谷幸二展』に行って来た。

< 4/18~30 >

内容:イタリアをテーマにヴェネィア・アカデミア留学以来の思いをアモーレ・カンターレ・マンジャーレの切り口で描きました。200号の連作、300号、新作50点とイタリア、ローマの思いを描ききりました。

Kinutani4 絹谷氏は、ベネチアでアフレスコ古典画(フレスコ画のことで、本人は必ずアフレスコと〝ア〟をつける)の技法を研究し、そのアフレスコという壁画技法の国内第一人者。(何故、アをつけるのかちょっと調べたが理由判明せず…。現地の発音かな??)

フレスコ(fresco):西洋の壁画などに使われる絵画技法。または、その技法で描かれた壁画。語源は「新鮮な」を意味するイタリア語である。下地に漆喰を塗り、乾く前にその上から水溶性顔料で描く。やり直しが効かないため(失敗した場合は漆喰をかき落とし、やり直すほかはない)、高度な計画と技術力を必要とする。古くはラスコーの壁画などもこのフレスコ画の一種である。

Kinutani7 絹谷氏の作品は、その根底には「人間賛歌」があるようなのだけれど、同時に人間の負の部分というか、嫌らしいところ、残酷なところも表現するのでグロテスクになるんだろうな、と思った。

「徹底して古典に学ぶことで身に付けた確かな技、研ぎ澄まされた色彩感覚、因習に囚われない思い切った手法」、ということらしいけれど…。

赤を基調にした作品が多い中、ひとつ青基調の「音楽」を扱った作品、これはなかなか良かった。他の自己主張の強いのが多い中、おとなしく落ち着いている感じが、逆に引き立てているのかもしれない。

絹谷氏の資料に、

『敬愛する鳥海青児氏の助言も受けた。「絵は巧【うま】いといけない」という鳥海氏の言葉が印象的だったという。』とあった。

Kinutani5 この助言に忠実なのか、巧い絵と感じたものは少なかったなあ。

テクニックに走るなという意味なんだろうけれど

Kinutani1_1 グロテスクでインパクトがあり、独自の絵柄、タッチ、一度観るとその個性は忘れない。そんな力強さはどの作品にも観られた。

金箔をふんだんに使い、暖色系を多用し、とても派手な作風である。絵の中に文字を入れるのも定番のようで、例えばニワトリの横には「コケコッコー」豚には「ぶーぶー」。このセンスはどうなんだろう??

そのような200号、300号の作品が配置され、“迫力”で絵が鑑賞者に迫ってくる。

中でも200号を6枚合わせた連作は圧巻だった。絵の内容はどうあれ、この連作は一見の価値はあった。

【 鑑賞日 】2006.4.23 (三越本店日本橋 新館7F)

| | コメント (2)

2006年4月22日 (土)

ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバル 4/22

ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバルに行って来た。

Art8 概要:「吉田町大通りと福富西公園で「第6回ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバル」開催<422日~23日>。

イベントは伊勢佐木町と野毛をつなぐ吉田町通りの約250mの路上をストリートアートのフリーマーケットとストリートジャズライブが展開されるもの。

アーティストは風景画、似顔絵、グラフィックデザイン、レリーフ、版画、織物、クラフト、パフォーマンスなど約80組の参加者。」

Art5 「吉田町は、戦後のアメリカ軍による接収エリアに隣接していたため、1950年当時は、カメラ店、クリーニング店などの洋風専門店が軒を並べたほか、似顔絵書きたちがイーゼルを連ねていたという。そんな背景もあってここには画廊、画材店、古美術店、あるいは造形教室やダンス教室などが点在し、最近は若者たちによる個性的なカフェバーや喫茶店なども増えてきて、落ち着きのある文化的な雰囲気を醸し出す通りになっている。」

( このフェスティバルと、野毛の大道芸からの関連も含む詳細が以下に載っているので、参照ください。

http://www.kanalog.jp/live/pickup/entry_20650.html  )

12:00pmに関内駅で待ち合わせ。(今日は天気がよくて、GOOD!)

予定より30分以上早く着きそうなので、横浜駅下車後、「ルミネ」「ポルタ」のワイン売り場を見て回った。一つの方は、店内にクラシック音楽が流れていて、商品の配置も綺麗で雰囲気が良かった。どんなお店でも、お店の個性というものが出るものだ。

11:50amに関内。Kさんがおられた。来る予定だったCさんが来られなくなったとかで(残念だなあ…)、Fさんは30分くらい遅れるとのことで、まず1度会場に行くことにした。

会場に行く途中、子供の頃よく歩いた道路(高校生まで横浜に住んでいたので、よく伊勢崎町の有隣堂書店に行ったから)を、懐かしく思いながら歩いた。

パソコンで打ち出した周辺地図も持参したけれど、会場は駅から近くてすぐに分かった。

1往復した後、Fさんと合流し、このイベントの実行委員をしているMさんを探すこととなった。

Art6 アート部門チーフのMさんは、子どもがフリーな絵描きをするスペースにいて、片腕にガムテープ2本を通し、ズボンのポッケには軍手とテレビ局のADのようなお姿(逞しい?!)で、凛々しく、且つ笑顔で働いていた。

Mさんに挨拶してから、まずは昼食でお蕎麦屋へ。昼のビールは美味しいなあ。(定番!)

Art7 街中に、ジャズがスイングするのは予想以上に心地よい。野毛地区の大道芸スペースも大賑わい(背伸びしないと見えない)だったが、私的には

吉田町のジャズが流れる空間(たとえ演奏者が見えない場合も、音楽は聴こえる!)・雰囲気の方が性に合う。

画廊を見つけるたびに、そこへも入る。それぞれ「個展」が入場無料。

そういえば、画材屋の中を見るのを忘れたなあ。(次回に行こうっと)

Art1 車イスを使用しての地上絵というのかな、そのアートパフォーマンスイベントと横でのジャズ演奏、そしてその看板(Mさんも書かれたとか)を鑑賞し、その後、もう1周、通りを歩いた。

喉が渇いたので、「ビギーテイル・コネクション」というお店に入って、今日2杯目のビールを飲んだ。朝の3時まで営業しているとマスターが言っていたので、「もしかしたら、Mさんこの店利用しているかもね」と話しつつ飲むビールも美味しかった。(笑)

その後、もう一度Mさんに挨拶をして帰路に向かった。

土曜の半日、アートに包まれた「吉田町通り」の散策は、とても気分のいい、楽しい時間と空間でした。

Mさん、明日も晴れたら、頑張ってね。

帰宅してテレビつけたら偶然タイミングよく10chのニュースで、アートフィスティバルの映像が放映された。(フリーマーケットと車イスアートのショットなど)

【 鑑賞日 】 2006.4.22(土) ヨコハマ吉田町通り

        フィスティバル関係者(Mさん)

                知人同行者(Kさん、Fさん)

| | コメント (4)

2006年4月21日 (金)

■勝手な映画評(第13回) 『アンジェラ』

■ 勝手な映画評(第13回)

『アンジェラ』  ■

◎総合評価: 15 / 100

Anje1 作品名: 『アンジェラ』(2005年/仏/90分)

監督・脚本: リュック・ベッソン

出演: ジャメル・ドゥブース、リー・ラスムッセン、他

分野: ラブストーリー

公開予定: 2006.5

Angela22物語

アンドレ(ジャメル・ドゥブース)は、借金で首が廻らない中、その厳しい取立てにあい、パスポートやカードも無くし、セーヌ川に飛び込んで自殺を図ろうとする。

その橋に、もう一人泣きながら飛び込もうとしている者がいる。美しいアンジェラ(リー・ラスムッセン)だった。

先にアンジェラが飛び込み、アンドレが助けようと飛び込む。

これが、ずぶ濡れになった二人の奇妙な生活が始まるきっかけだった。

「何でも貴方の指示に従うわ」というアンジェラは、いったい何者なのか?

アンドレとアンジェラの間に愛は生まれるのだろうか? それとも…。

Anje2寸評

「構想10年。リュック・ベッソンが再びたどり着いたテーマは<純粋な愛>」

「本国フランスでは公開日当日まで、作品の内容、出演者、映像から写真に至るまで、すべてフランス映画界最大のトップシークレットとして進行してきた作品。」

う~ん、ここまで期待させて…。

ベッソン、構想10年って「10年間」いったい何を考えていたのだろう?

9年と364日」は、寝ていたか、寝ぼけていたんじゃないか?

駄作である。

試写であるけれど、「時間と交通費を返して!」と叫びたいくらい。(苦笑)

冒頭からのモノクロ映像。いつからカラーになるのかな?と思ったが、とうとう最後までモノクロだった。

「写真」ならば、モノクロの魅力が十分にある。しかし、「映像」で全編モノクロで引っ張るには全く作品の高度さや力が足りないので、カラー作品をモノクロテレビで観ている感じで、モノクロにした狙いは全く意図と外れている。

ジャメル・ドゥブースって、本国フランスでは人気俳優らしいけれど、どうも日本人にはその魅力が分からない。コメディアンの岡村隆に雰囲気が似ている。

片や、ベッソンのお気に入りといわれるリー・ラスムッセンは、長身(180cm)のスタイル抜群ということだけの女優にしか思えない。『ファム・ファタール』出演の時もそう感じたなあ…。

これが、ベッソンの求めていた<純粋な愛>の形だとしたら、あまりに浅い、浅薄で、いまお幾つ?と聞きたくなるくらいの幼稚な表現だ。

もしかしたら、ベッソンは「本当に少年の心を持った、外見大人」なのかも知れない。換言すれば、「愛」については少年からまったく成長していないおとな子供だ。

リュック・ベッソンには、今後は「アクション映画だけ」を創ってほしいと切に思った作品だった。

●お薦め度:(★5つが満点、☆は半星)

*劇場で寝たい人 → ★★★★

*たまにはモノクロで観たい人 → ★★★

*な~んにもすることがない人 → ★★★

*デート  → ★☆

● 「劇場」 VS  DVD」 (どちらで観る?のお薦めは…)

WIN:「DVD」

劇場で観る価値を見出せない…。

公式HP:  http://www.angel-a.jp

鑑賞日 2006.4.21(金) オープン記念特別試写会「TOHOシネマズ錦糸町」

| | コメント (0)

2006年4月20日 (木)

『題名のない音楽会21 』 4/20

『題名のない音楽会21 』 に行って来た。

今、イギリスの国民的歌姫「キャサリン・ジェンキンス」(メゾ・ソプラノ)の生声を聴くのが目的の主旨である。

2本撮りのため、キャサリンさんの出演は後半の第2部。

まずは、第1部から。

<第1部> 「ビートルズがくれたメッセージ ~音楽のシルクロード」

 (指揮:岩村力)

M-1 ペルシャの市場にて

A.W.ケテルビー作 演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団

M-2 音楽のシルクロード・メドレー

    /青島広志編曲  民族楽器:若林忠宏 演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団

M-3 ノルウェーの森

    /J.レノン&P.マッカートニー作 シタール:若林忠宏 演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団

Wakaba21部で面白かったのが、民族楽器「シタール」の説明。

「シタールは、北インド発祥の弦楽器。民族楽器の一つ。シタールという言葉の語源はペルシア語のセタール(三弦)とされている。伝統的なシタールは19弦で、棹は長さが約90cmで約20個の金属製のフレットが結びつけられている。

共鳴胴は通常ヒョウタン、もしくはユウガオの実(カンピョウの原料)を乾燥させたもので作られる」

若林氏のものは、ユウガオだという。

このインドの民族楽器が存亡の危機になった時に、ビートルズの「ノルウェーの森」の楽曲が、シタールを多用するものだったことから、再び注目されその伝統的楽器を存続させることができた、というもの。

J.レノンの東洋文化への理解が一つの民族楽器を救ったというのは感慨深い。

2006.5.28 放送予定10ch

<第2部> 「ブロンド美人歌姫 キャサリン・ジェンキンス」

Kya7 キャサリンさんについて、少し解説しておく。

「教師として働いていた2004年、なんと、数百万ポンドを投じて、ユニバーサルが彼女と契約。デビューアルバム「プルミエール」はクラシック・チャートで初登場1位となり、マリア・カラス以来もっとも売れ行きの早い女性オペラ歌手となった。そして彼女の2枚目のアルバムは、驚愕の9ヶ月連続チャート1位に輝いたばかりでなく、ポップ・チャートのトップ20入りも果たし、クラシック・ブリット・アワードを受賞、2004年クラシックでもっとも売れたアーティストとなった」

「スマトラ沖大地震・津波救済チャリティーコンサート「Tsunami Relief Cardiff」でキャサリンがオープニングを飾る」

次は、あまり紹介したくないが、事実なので

「クリスマス直前、キャサリンはイギリス軍約8,000人が駐留するバスラに飛び、兵士たちを慰問しました。」

その他、最近では「ノーベル賞授賞式でのオープニングで歌う」こともされたようで、今、イギリスで最も注目されているオペラ歌手・国民的歌姫である。

ということで、生声を聴くチャンスを得たわけである。

M-1 「ハバネラ」:『カルメン』の名アリアのひとつ。

M-2 「ある晴れた日に」:『蝶々夫人』の有名なアリア(原曲はソプラノ)

M-3 「誰も寝てはならぬ」:『トゥーランドット』の原曲はテノール。

M-4 「Music Of The Night」:『オペラ座の怪人』の怪人役のナンバー

M-5 「Over The Rainbow」:『オズの魔法使い』の名ナンバー。

M-6 「チネマ・パラディーゾ」:『ニューシネマ・パラダイス』の名ナンバー。

M-7 「アモーレ・セイ・トゥー ~ I Will Always Love You」:『ボディーガード』で、ホイットニー・ヒューストンがカバー。英語以外は許されなかったのを、イタリア語で歌う許可を始めてキャサリンが得た。

クロスオーバーは、今、ヨーロッパでも流行の流れだそうだ。

キャサリン・ジェンキンスさんは、それだけではなく、英語の歌をイタリア語で歌ったり、本来は男性の持ち歌なのをあえて「メゾ・ソプラノ」で挑戦するという、ある意味、野心的で、その自由な姿勢は魅力でもある。

Kya6 キャサリンは、澄んだ美しい声で、美しい歌の世界を創っていた。7曲のうちに、2回も衣装変えする(つまり、全体で3着)力の入れよう。グリーン、イエロー、ホワイトのドレスとそれぞれとても美しい姿だった。

司会者が「何故、男の部分の歌を?」と問うと、

「だって、あんなに素晴らしい歌、男の人だけが歌うのズルイと思ったから」(笑)という返答。

チャーミングであり、お高くとまっていないしい、親しみやすい人柄でもあるのだが、しっかり自分の芯は持っている。現在26歳、若い大物である。

また、こんなことも言っていた。「30歳頃になったら、自分の声がもっと成熟してくると思うので、本格オペラに挑戦したい」

ちゃんと、自分を見つめている向上心のあるしっかり者であった。今後も楽しみな歌姫である。

あと、こんなエピソードも。

司会者(女性)から「美しさを保つ秘訣は?」と問われると、

「子供の頃、父が日本茶は肌にいいと言っていたのでずっと日本茶を飲んでいるから」だそうだ。(父は15歳の時に他界)

キャサリンさん収録後にサイン会が予定されていた。

題名のない音楽会21で「サイン会」が行われるのを見たのは、初めてである。

羽田氏(司会者)の言う「吸い込まれそうになる、エメラルド・グリーンの瞳」を近くで見るチャンスではあったけれど、並ばず直帰した。もちろん千住真理子さんの公演だったらサイン会には並びます、言わずもがな?!…(笑)

2006.6.11 放送予定10ch

【 鑑賞日 】 2006.4.20(木)  昭和女子大 人見記念講堂

| | コメント (0)

2006年4月19日 (水)

■勝手な映画評(第12回) 『アンダー・ワールド:エボリューション』

■ 勝手な映画評(第12回)

アンダー・ワールド:エボリューション  ■

◎総合評価:60 / 100

Andar3_1 作品名: 『アンダー・ワールド:エボリューション』(2006年/米/106分)

監督: レン・ワイズマン

脚本: ダニー・マクブライド

出演: ケイト・ベッキンセール、スコット・スピードマン、他

分野: ゴシック・サイバー・アクション/ホラー

公開予定: 2006.4.22(土) R-15指定

Andar10_1物語

人間の未知なる世界“アンダー・ワールド”を舞台に、何百年にわたって続く吸血鬼<ヴァンパイア>と狼男族<ライカン>の壮絶な闘いを描いた『アンダー・ワールド(2003年)』の続編。

アンダー・ワールド、すなわち「闇の世界」。そこでは、1000年の時を超え、闇の種族は、進化しつつ闘いも続いていた。

ヴァンパイアの闇の処刑人セリーン(ケイト・ベッキンセール)は、一族を治めるビクターが自分の家族を虐殺していた真実を知り、ビクターを殺し、そのためセリーンは同族ヴァンパイアから追われる身になる。

彼女の唯一の味方ヴァンパイア<吸血鬼>とライカン<狼人間>の混血種マイケル(スコット・スピードマン)と共に、追っ手から逃れているところからこの続編が始まる。

「ビクターだと信じられてきたヴァンパイアの始祖が、本当はマーカスであったこと、また、マーカスの双子の兄弟ウィリアムが最初のライカンであり、その凶暴性を抑圧するため、ビクターによって数世紀にわたり監禁されていること。そして、そのウィリアムの牢獄を建築したのは、セリーンの父親だった。」

という真実をセリーンが知ることになる。

そして、マーカスは双子の兄弟ウィリアムと共に、世界を支配しようとしていて、それを許さじと両者の激しく過激な闘いが続く…。

果たして、この闘いに終わりがあるのか? どちらが勝利するのか? 勝つためにある“鍵”は、いったい何をできるのだろうか…。

セリーンとマイケルの恋の行方は…。

Andar14_1寸評

どっかで(NO6参照)同じようなコメントを書いたが、これは「ケイト・ベッキンセールの、ケイト・ベッキンセールによる、ケイト・ベッキンセールのための作品」である。

NO.6ハリソン・フォードと違ってわりと高得点なのは、ケイト・ベッキンセールが美しく、彼女なりにとっても頑張っているし、鑑賞し甲斐があったからである。

ライカンに殺された人間は死後復活してライカンになるし、主要人物がほとんど不死的才能を得ていて、致命的かと思いきや、また甦って来る。

どうやって、終焉させるのだろうかと後半はそのことばかり考えることになる。

Andar18_1 ケイト・ベッキンセールも、シャーリーズ・セロンのように、アクション映画やりたかったんだね~。「私は演技派、アクションだってこんなにできるんだから!」と主張している。

『Vフォー・ヴェンデッタ』ナタリー・ポートマンのスキンヘッドもしかり、美人女優は、自分の枠を大きく破って違った自分を見せたい・魅せたいという方向にいきますね。

この作品のケイト・ベッキンセールは、華麗な要素もあり見ごたえはある。

ただ、話の内容は、ほとんど深みはなく、ただ戦闘・格闘シーンを連続して撮りたい、そしてそれだけの内容と言っても過言ではないくらい薄っぺらの内容。テレビゲームとなんら変わりないな。

だから、観終わっても、な~んにも残らない。「ケイト・ベッキンセール綺麗だったなあ、アクション頑張ったなあ」それだけの余韻でほぼ全て。(笑)

残虐で過激なシーンが連続して続くので、そういうのが嫌いな方にはお薦めできない。逆にそういうのが好きな方にはお薦めと言える。

変身する過程の映像は超リアルだし、闘いシーンは大迫力なので、それらを楽しむための作品である。

●お薦め度:(★5つが満点、☆は半星)

*ケイト・ベッキンセールのファン → ★★★★

*過激な映像好き → ★★★★

*ゲーム好き → ★★★☆

*暇つぶし      → ★★★

*デート        → ★☆

● 「劇場」 VS  DVD」 (どちらで観る?のお薦めは…)

WIN:「劇場」

この作品の魅力は映像のみ、といっても過言ではない!

公式HP: http://www.sonypictures.jp/movies/underworldevolution/

鑑賞日 2006.4.19(水) オープン記念特別試写会「TOHOシネマズ錦糸町」

| | コメント (0)

2006年4月18日 (火)

■勝手な映画評(第11回) 『Vフォー・ヴェンデッタ』

勝手な映画評(第11回)

     『Vフォー・ヴェンデッタ』

◎総合評価:70 / 100

Vfor2_1作品名: 『Vフォー・ヴェンデッタ』(2005年/英・独/132分)

監督: ジェイムズ・マクティーグ

脚本: ウォシャウスキー兄弟

出演: ナタリー・ポートマン、ヒューゴ・ウィービング、他

分野: SF/ヒューマンドラマ/サスペンス/メッセージ

公開予定: 2006.4.22(土)

Vfor8_1物語

3次世界大戦後の独裁国家と化したイギリスが舞台。

物語は、アメリカが第3次世界大戦後、植民地と化し、イギリスはファシズム・独裁国家になっていた。

そこでは、移住者・異教徒・政治活動家・同性愛者等々は異端とみなされ排除される社会。

独裁者アダム・サトラーによる圧制の下、人々は羊となり、反体制と認定されるものたちは自衛団組織に捕らえられ、監獄や死刑、暗殺の中で蠢く。

それに立ち向かうのが反ファシズムで、「115日」をシンボルにテロ(レジスタンス)行動を繰り返す謎の覆面男、コードネーム「V」(ヒューゴ・ウィービング)。

外出禁止時間、自衛団に捕らえられた政治犯の両親(殺害)を持つイヴィー(ナタリー・ポートマン)を、「V」が助け出すが、「V」はイヴィーを監禁状態に。

「V」は、テロ行為の犯人をイヴィーの犯行と欺き、政府はイヴィーを指名手配に。

「V」の目的は、115日に国会議事堂を爆破することと、自分を不幸な姿にした人々への復讐・殺戮行為。

独裁国家とテロ首謀者との闘いは始まったばかり、この国に未来はあるのか…、人々の幸せとは? 正義とは? 正しい暴力は存在するのか? 

そのまっ只中に入り込んだイヴィーの運命は? 彼女の選択した行為は? と、怒涛の嵐のような展開でストーリーは続く…。

Vfor13_1寸評

冒頭、アメリカを植民地という設定で始まるのはなかなかである。

ある意味、すごい映画である。

9.11」事件以降、テロ行為に対している米ブッシュ、英ブレアに対して痛烈なメッセージ作品とも取れるからである。

テロ=正義=レジスタンスの公式を「V」に象徴させ、その正義の正しさをイヴィーの観る視線で表現していく創りはなかなかである。

独裁国家首謀者に対する抵抗暴力を、正当化的に描くのは、今だからこそ力のあるメッセージになる。マイケル・ムーアの作品とはまた違った表現方法で、鑑賞者を考えさせる。

テロ=悪というものに、真正面から意義を唱えているようにも取れるし、果たして、それで結果は希望のあるものなのかの答えは、この作品は示していない。観たものそれぞれの判断に委ねている。

Vfor11_1 ナタリー・ポートマンが、スキンヘッドに挑戦した渾身の作品。

そして、全編覆面のままで、最後まで顔を出さず演技したヒューゴ・ウィービングの演技力は見ものである。

脚本家の兄弟は秀才なのであるが、そのためシェークスピアの「十二夜」他の科白を言わせたり、数々の「俺たちこんなフレーズ使っちゃうもんね」的表現がやたら散りばめられていて、そういう志向が好きな人には楽しめるが、ちょっと鼻にもつくので、どんなものだろうか?

曲も、クラッシックの「1812年」「革命」など大音量で使用して、ちとわざとらしい。

それに、独裁者の名前が「アダム・サトラー」って、「サダム・フセイン」と「ヒトラー」をかけたあまりに露骨で笑っちゃう。

全体がダークな映像なのに「サトラー」という文字みると、パロディーだもんね。そうするならば、「チャップリンの独裁者」の方が私的には好みだなあ。

そうそう、5000人の覆面行進は、迫力ありました!

それでも、反体制側を主人公に置き、今の時代にハリウッドが提供していることは、非常に意味のあることなので、お薦め映画の一つである。

なお、「11.5」にこだわるのは、伏線に「1605年に国王の圧政に反発し国家転覆を図り失敗に終わったガイ・フォークス」にならい、その実現を企む男が「V」なのである。

ナタリー・ポートマンが来日時に以下の発言をしている。

これを見ると、何故この作品に出演したかが分かるような気がする。

「ウォシャウスキー兄弟は本当に頭が良く、クリエイティブで映画に対して情熱的、そしてエゴがない人たちでした。」

『マトリックス』と『Vフォー・ヴェンデッタ』を通して、ハリウッド的娯楽作品でも、しっかりと内容があり、考えるべきものがある映画が作れることを実証した二人だと思います。

なお、今日はジャパン・プレミアであったので監督やヒューゴ・ウィービングらが舞台挨拶のイベントも。

ナタリー・ポートマンが来ると直前まで思っていた私は肩透かしを食らったように、ナタリーがいないことに「ショック」で、ガクッ~である。(苦笑)

●お薦め度:(★5つが満点、☆は半星)

*主人公キャストのファン → ★★★★

*社会派 → ★★★★

*「マトリックス」好き  → ★★★★

*暇つぶし      → ★★★ 

*デート        → ★

● 「劇場」 VS  DVD」 (どちらで観る?のお薦めは…)

WIN:「劇場」

   迫力映像多々あり、やはり大スクリーンでどうぞ!

公式HP:  http://wwws.warnerbros.co.jp/vforvendetta/

鑑賞日 2006.4.17(月)  ジャパン・プレミア試写(東京国際フォーラム ホールA)

       知人同行者(Iさん)

| | コメント (0)

2006年4月16日 (日)

千住真理子とN響の仲間たち 4/16

千住真理子とN響の仲間たち』という室内楽公演に行って来た。

064161 私にとって、「脅威の“千住漬け週間”(4/94/134/154/16)」の最終日である。正月、夏休み、夏祭り、秋祭り、クリスマスがまとめて1週間の中にあるようなものだ?!(笑)

(過ぎてしまうと、まだまだ漬け足りない…。もっと、もっと発酵しちゃうくらい、漬かりたい! 笑)

今日は、N響の方も加わるし、その地元の方々の会場なので早めに並ばれる方が多いと思い、それと、電車の遅れとか休日ダイヤとかもろもろ考えて、開場の2時間前にホール入口に行った。

1番乗りかと思いきや、ご年配の1組のご夫妻がおられた。

まず、そのご夫婦、私を見て、「N響の方ですか?」

「いえいえ、『N響の仲間』ではなく、千住真理子さんのオッカケです」(笑)、と応えたら、暇だったようで、いろいろ話かけてこられた。

「どの辺に座ったら一番お薦めですか?」夫が昼食に行かれて1人になった奥様が私に聞く。

「人それぞれ、好みがありますから…。音響を重視される場合とか、視覚を重視される場合とか……、私は真理子さんの公演は最前列に行きますけれども、…」

そのそれぞれの利点や欠点を教えてください。と言われるので、あくまでも私的にですが、…と話し終わったら、夫が戻られて交代。

夫が「どの辺に座ったら一番お薦めですか?」と、私に聞く。

「今、奥様にお話したところなんですが、人それぞれ、好みがありますから…。」とテープレコーダーのように繰り返し。(苦笑)

これで済んだかと思いきや…、

次に並びに来た、おば様4人組。そのお一人が、私に向かって「N響の方?」という。「えっ、違うの。だって芸術家に見えますことよ。ねえねえ、みんなそう見えますわよね!」

(オバチャン、声でかいよ~。めっちゃ、恥ずかしい…。)

先のおじ様、お話好きで、そのオバチャンたちに、「今、この方(私)に、どの辺の席がいいか聞いたところなんです」 オバチャン「何処、何処、私達にも教えて!」

(絶句…)になりつつ、「人それぞれ、好みがありますから…。音響を… 」とまた一から繰り返し。やれやれ。(笑)

開場。

私は、最前列を確保した。

Mariko12 ■プログラム

ロッシーニ/弦楽四重奏ソナタ第1番ト長調

モーツァルト/ディヴェルティメントヘ長調

(休憩)

シューベルト/弦楽四重奏曲第13番イ短調「ロザムンデ」0p.29

※アンコール(2曲)/愛の悲しみ、愛の喜び

今日も、快調な出だし。とても響きはよい。千住さんも楽しそうに弾いている。

ただ、途中、どうもいつもの音の深さや余韻が違うかな?(演奏はとても素晴らしくいい奏でなのは確か) んっ?

もしかして、デュランティではないかも…。と感じた。

ニスの色も違うけれど、照明が強いせいかな?とも。

やっぱり、デュランティはソロが一番似合うのだろう。

音の重厚さが違い過ぎるものね。

だから、これは千住さんの気遣いなのだと解釈した。

それでも、室内楽の素晴らしさは十分堪能できた。

短いけれど、後半初めに演奏者の各楽器の説明があった。

「コレは、第2ヴァイオリンですが、楽器屋に行って『第2ヴァイオリンください』と言っても、ありませんから」と各自が面白く説明していく。

今日の特筆すべきは、Mさんのおかげで、様々な幸運の天使たちが降り注いでくれたこと。

文子お母様とこんなにお話したのは初めて。真理子さんとの写真撮影に入れて頂いたこと。サイン会もないのに、ワインをお渡しできたこと。ロビーから去る真理子さんに手を振ってもらって終了と思ったら、帰り道で信号待ちのタクシーに千住親子のお姿。気付いてくれて走り去るまでずっと手を振ってくれたんだなあ…。枚挙に暇がないくらい嬉しいことの数々。ほんと、Mさん、ありがとう!!

最高の一日でした。

【 鑑賞日 】 2006.4.16  緑公会堂

           知人同行者(Mさん)

| | コメント (4)

2006年4月15日 (土)

千住真理子/がんの子供を守る会 チャリティーコンサート 4/15

千住真理子/がんの子供を守る会 チャリティーコンサート

Mariko11 今日も、大ファンである千住真理子さんの公演に行って来た。(明日も別会場の千住さん室内楽公演に行く。今週は、“真理子さんと共に”と勝手に思っている、笑)

14:00開演の「自由席」公演。最前列を確保したいと思い、開場の1時間半前(12:00頃)に会場に着いて、並ぶ。運良く、先頭だった。

ホールの入ったビルのだだっ広いロビーの正面受付に「後ろ姿」が千住さんのお母様にそっくりの人が立っていた。

(受付嬢と何かお話の最中、失礼とは思ったが)お顔を覗き込んだら、そっくりではなく、お母様ご本人だった(笑)。

お母様が、「あらっ」と気付いたので(まあ、気付かせたというのが正直なところ、笑)、「こんにちは、今日は千住会の人が沢山来ます」とお伝えしたら、どうも、どうもという感じでお辞儀をされた。

早めに行くのは辛かったけれど、お母様にお会いできる幸運が待っていた。「早起きは三文の得」的である(笑)。

時間が経つにつれ、並びの列も長くなってきて開場時間には長蛇の列だった。

ホール入口に3ケ所の入場口が用意され、ロープの前に並んだ。運動会のかけっこのスタートみたいだなあとつまらないことを考えながら(笑)、開場時間を待った。よ~い、ドンである。

ホールまで少し複雑な順路のようで、入口を抜けても左に折れてからエスカレータを乗って行く、そのエスカレータが入口からは見えない…。迷ったら先頭にならんだ意味がないので、係りの人に行き方を確認したら、親切に教えてくれた。それも「今日は自由席ですから、お早く来られて大変でしたね。ありがとうございます」と最初に付け加えての説明に、なんと温かい人だろうと感じ、とても気持ちがよかった。

こうして、千住会の方々と希望の最前列を確保できて鑑賞側の準備は万全、あとは、千住さんとデュランティの登場を待つだけである。

今日も、千住さん&デュランティは快調・絶好調的によく鳴りホール全体に響いていた。感動した!!

公演に関しては、同行者の方々がご自身のブログや千住会HP掲示板等に書かれると思うので、ここではプログラムを記載しておく。

ひとつだけ明記しておきたいことかがある。

千住さんのこうした「チャリティー」(をはじめとする「ボランティア」)活動にいつも、いつも、感心させられるのである。

どんなに過密なスケジュールでも、このような活動に積極的に取り組む姿勢(さらに千住さんは「がんの子供を守る会」にご自身が入会されたという)、そして、プログラムを見てほしい。ソナタも含む充実した内容。チャリティーでもけっして手を抜かない。演奏自体も情熱的で渾身な奏での数々。もちろん無報酬で…。

アンコールの時、涙が出てきて困るほどの思いで奏でを噛み締めた。

千住さん、本当に貴女はすごい人で、素晴らしい! そして、本当に素敵な人です。

そんな千住さんと、そして千住さんを愛する方々と同時代にいられることを感謝する思いでいっぱいの一日だった。

■プログラム

Mariko18 バッハ/千住明 編:2つ目のメヌエット
バッハ/グノー:アヴェ・マリア
シューベルト:アヴェ・マリア
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ホ短調
(休憩)

エルガー:愛の挨拶
シューマン:トロイメライ
ドヴォルザーク:ユモレスク
メンデルスゾーン:春の歌
ランゲ:花の歌
コルサコフ:くまんばちの飛行
ポンセ:エストレリータ~小さき星に~
ドヴォルザーク:我が母の教え給いし歌
モンティ:チャルダッシュ

※ アンコール(3曲)/ 雪の女王、G線上のアリア、愛の喜び

追記:今日、一番驚いたのが、来られないと言われていたCさんが、ひょっこり笑顔で来た時。驚いたと同時に、嬉しかったなあ。千住さん奏での素敵な時間・空間を共有できて、ほんとによかった!

【 鑑賞日 】 2006.4.15  第一生命ホール(勝どき)

          知人同行者(Kさん、Fさん、Gさん、Mさん、Cさん、Yさん)

| | コメント (2)

2006年4月14日 (金)

今日で1ケ月…

3/15から始めた、このブログ。

気がつけば、今日でちょうど1ケ月…。

いや~あ、自分でもよく続いたと思う。

自分で自分を褒めたいくらい(誰も褒めてくれないしね、笑)。

この1ケ月、毎回読んでくだった方、時々読んでくださった方、ちょっとだけ読んだ方、読まなかったけれど何故かこのブログに来ちゃった方も含め(笑)、そして、そしてコメントを書いてくださった方、ありがとうございます。感謝です!!

これからも、つたないブログですが、まだ続ける気でいます(笑)。

どうぞ、皆様、(温かい目で)よろしくお願いいたします。

トムとジャッキー

| | コメント (4)

■ 勝手な映画評 (第10回) 『トム・ヤム・クン!』

■ 勝手な映画評 (第10回) 『トム・ヤム・クン!』■  

◎総合評価: 65 / 100

Tyg6 作品名:『トム・ヤム・クン』(2005年/タイ/110分)

監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ

出演:トニー・ジャー、ネイサン・ジョーンズ、他

分野:アクション

公開予定: 2006.4.22(土)

Tyg3物語

舞台は、タイ国、オーストラリア。

何百年もの間、象と共に生活をおくる最強のムエタイ兵士(チャトゥラバート)の末裔が暮らすタイ東部の静かな村。

カーム(トニー・ジャー)も、父と愛する象たち(家族同様)と平和に暮らしていた。

ある日突然、平和な暮らしが乱される。カームの象親子が動物密輸組織によって捕らえられ、オーストラリアに連れ去られる。

家族同様の象親子(ポーヤイとコーン)を取り戻すため、カームは単身シドニーへと飛ぶ。

そこで待ち受けるのは、中国マフィアと腐った警察組織の面々との闘いだった。

敵の格闘技は様々。足技格闘技カポエイラ、剣術、巨人でマッチョなプロレスラー、カンフー。これらに対して古式ムエタイが真正面からガチンコ勝負の闘いが展開する。

果たして、カームは家族(象)を救い、悪組織の壊滅はできるのだろうか。カームの味方は、ユニークな現地のタイ人警察官一人だけ…。

Tyg8寸評

ヒット作『マッハ!』から、「スタントなし、ワイヤーなしの過激なアクションが売り」の路線は、この作品で、更に一回りも二回りも大きく過激になって、トニー・ジャーが戻って来た!

息もつかせぬ、アクションシーンの連続、またまたアクション、そしてまたアクション(笑)。もう、これでもか!というくらいの格闘の連続。

トニー・ジャーが、ブルー・スリーとジャッキー・チェーンに憧れて、銀幕界(ちと、この表現古いな。笑)に入ったということで、「トムとジャッキー」としては、評価も甘くなる?!(笑)

Tyg1 大スクリーンでアクションを堪能すれば満足できる映画なので、ストーリーは荒いところが数々あれど、気にしない、気にしない。

巨人との闘いや、49人は連続骨折り関節ギメ等々、笑っちゃうほどスゴイ!(笑)

タイ国、タイ人にとって、「象」がどんなに大切な動物か、その国民的価値観を十分知った上で、鑑賞すべき作品だろう。

冒頭の数々の映像で、それを分かってもらおうとする構成は成功していると思う。

邦画のアクション映画より上をいっていると私的には思える。

それと、近年邦画で『星になった少年』という、象使いの実話映画があったが、それと比較すると、象の本場で、象の扱いが分かっているからこそできる表現が満載、流石タイ映画と感心した。日本人では撮れない映像だ。

脚本も作品ごとに練られつつあり、今後さらによい作品になる期待はもてる。

残念なのは、ジャッキー・チェンの作品にはエンディング・ロール時に、NG集を流すけれど(これはいつも楽しみ)、その試みはなく、延々と黒バックに白文字が続くエンディングはなんとかならないものか、と思った。

なお、表題「トム・ヤム・クン」は、物語に出てくる飲食店の店名。

●お薦め度:(★5つが満点、☆は半星)

*トニー・ジャーのファン → ★★★★★

*アクション好き → ★★★★★

*暇つぶし      → ★★★★ 

*社会派      → ★★☆

*デート        → ★★

● 「劇場」 VS  DVD」 (どちらで観る?のお薦めは…)

WIN:「劇場」

ムエタイの迫力映像は、やはり大スクリーンでこそ!

公式HP:  http://www.tyg-movie.jp/

鑑賞日2006.4.14(金) 特別試写会(東京厚生年金会館)

| | コメント (0)

2006年4月13日 (木)

千住真理子トークコンサート & 渡辺淳一特別講演

「関東NUA 40周年記念イベント(総会)」に行って来た。

昨日の夜まで、行くか、どうしようか迷っていたイベントである。何しろ平日の昼から半日潰れるし、有料だし、長いし、全く興味のない「総会」が真ん中にドーンと占めているし…、そして何よりも目当ての千住さんが何曲演奏されるか不明で、おそらくトークが中心で23曲かなぁ、何て思ったものだから…。

記念イベントのプログラムは13:30開演で、

「一、ご挨拶・祝辞

二、特別講演(渡辺淳一) 1時間30

三、総会

四、カルチャーセッション(千住真理子) 1時間15分」

と堅苦しい上、席は自由席ということなので、四の千住さんの時にいい席を確保するためには、ご挨拶の時から早めに行って席取りしないといけないし、渡辺淳一は、あまり好きな作家じゃないし、それを1時間半聴いて、総会も我慢して、やっと千住さんの番だから…、どうしようかなと。

悩んだ末、当日朝起きて、その時の気分で決めることにした。(優柔不断、笑)

朝起きたら、やっぱり千住さんに逢いたくなった。

それに、我慢・苦痛後の千住さんの演奏や笑顔はより輝くのではと考えを変えて、行って来た。

会場は、ホテルパシフィック東京の「萬葉の間」1000人は座れる広さだ。

12:50に受付を済ませ、萬葉の間の一番前に席を確保して、係りの方に「今日は、最初に座った席に最後までいられますか?」

とお聞きしたところ、「総会までは、萬葉の間ですが、千住さんのコンサートは会場が変ります。」

「えっ? 変るんですか。それはどちらの会場ですか?」 「藤波の間です。総会終了後、係りのものがご案内します」

“絶句”である…、何のためにこんな早くに来たのだろう?(苦笑)

開始まで時間があったので、「藤波の間」が何処にあるかを確認し、「萬葉の間」でさっき座った最前列から、後方の出口近くの席に移動した、もちろん、総会終了後、即「藤波の間」に移動できるようにと。

出席者は日本のサラリーマン背広姿のおじさんばかり、ノータイは私一人で、何処に座っても目立ってしまう。

何か、制服の違う転校生の気分(笑)。気にしても仕方ないので、気にしないことにした。

特別公演 渡辺淳一(作家)

Watanabe テーマ:「プラチナスタイル」

『若者も憧れるプラチナ世代のカッコイイ生き方とは?
プラチナスタイルとは、熟年、壮年といった世代である50歳以上の人たちの前向きなライフスタイルのこと。

「老」「高齢」「病気」といった言葉によってマイナスの自己イメージを持ちやすい中高年世代に、カッコイイ生き方である「ゴールドほど派手でなく、シルバーほど地味でもない、プラチナのように輝けるスタイル」を提唱』

自分が、壮年期になった時、それを表現するいい言葉がなかったので考えてみて「プラチナスタイル」というのを思いついた。

その「プラチナスタイル」を過ごすためには、何よりも「健康体」が必要である。健康の基は、「血液がサラサラ」であることが何より大切。(渡辺氏は、作家であるとともに、医学博士)

という話が冒頭あり、

そのためには、「自律神経系」を正常に保つことができるかが鍵。自律神経を壊す、異常にする原因の多くは「悪いストレス」なので、それをどう除去できるかが問題。

そのためには「にぶい人」になること。職場でも、いるでしょ、散々叱られても平然としている人。そう、「人の話を聞かない、自己中な人」。

そういうのは、才能ですね。そういう人は、血液サラサラで強いですよ。

繊細で、デリケートな人はダメ。

最近、癌の要因(癌になりやすい人)は「性格論」が強く言われるようになった。つまり、神経質、気遣いができる人、デリケートですぐ落ち込む人、そういう人が癌になりやすく、また、治り難い。

逆に、にぶい人で、それから寝つき・寝起きがすこぶるいい人、さらに自己中である人は、癌に対して強い。

図太く生きて、長生きするといいことがあります。

「老人ホーム」の現状を皆さん知っていますか? 男女比が「3:7」とか「2:8」。そう、圧倒的に「男」が足りない。だから「男1、女2の三角関係」の多いこと、多いこと。

長生きすると、「男はとっても、モテる!」

だから、これからは「にぶい人」になるのをお薦めする。

以上が、渡辺氏の話の要約。

観客の95分が「男性」のせいもあるけれど、これって、女性の視点で聴いたらどうなんだろう? いや、男性の視点で聴いていても不快感を持ったね、少なくとも私は。だから、私は渡辺氏を好まない。彼の小説でもエッセイでも好きなものは一つもない。

ああ、こういうことも言っていた。

「侘び、寂を理解できるのは男で、女は華麗なものしか好きじゃないし、だから宝塚なんかが流行る」「繊細な感受性があるのは男で、だから男は弱く、ない女は強い」「男は思考するけれど、女は直感。だって女性の哲学者を私は見たことがない」

渡辺氏ってアホじゃないか? でも、現実に人気作家で、女性のファンも多いから、私には不思議でならない。

あーあ、苦痛の第一幕が終了。長かったなー。

熟年、壮年といった世代である50歳以上の人たちの前向きなライフスタイル」を創造するという視点は、いいことですけどね。大切なのは、その中身ですよね。

      総会

開会宣言だの、17年度活動報告、会計報告、18年度の活動計画、予算、役員選出、功労賞表彰…。

役員の名簿を見ると、全員男性。功労賞受賞者も、全員男性。

国会(議員)より悪くないか、この構成。

唯一、面白いというか、感心したのが、

祝辞を述べた日本電気(株)代表取締執行役員副社長が、

「本当は、今日はわが社の社長が来る予定だったのですが、先日急に社長交代があって、現社長は多忙のため、私が代わりに来ました。

実は、私事なのですが、カルチャーセッションで出演される千住真理子さんに関連するのですけれど、私は、千住さんのお父様の千住ゼミの学生だったのです。これは奇遇ですね」

というもの。

この発言後、控え室で千住さんとお話されたらしく、千住さんがコンサートの時、

「副社長が、父のゼミ生だったのを聞いて、いっぺんに今日から私はNECのファンになりました!」と言って、会場に心地よい笑いを誘っていた。

カルチャーセッション 千住真理子in「藤波の間」

Senju1 「トークコンサート」

■ プログラム

エルガー:愛のあいさつ

リスト:愛の夢

シューマン:トロイメライ

メンデルスゾーン:歌の翼に

ドヴォルザーク:我が母の教え給いし歌

クライスラー:愛の喜び

(休憩)

メンデルスゾーン:春の歌

ランゲ:花の歌

リムスキー=コルサコフ:くまんばちの飛行

サン=サーンス:白鳥

サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン

※ アンコール/ドヴォルザーク:ユーモレスク

なんと、なんと全12曲も演奏があった。

プログラムを見たとき、内なる“歓喜の声”が響いた。(笑)

作戦通り?! すばやく「萬葉の間」を退出し、「藤波の間」へ行き、最前列を確保した。

500600人くらいいる広さかな。宴会場だから、平坦でコンサートには向かない。天井も低い、3mあるか、ないか。

しかし、最前列はプレミア的である。ステージが3センチくらいの高さ。ほぼ席と同じ。「千住さんとデュランティ」まで1.52メートルの距離。

デュランティの響きを直・全身で浴びる感じ。ヴァイオリンの内板まで見える。あー、来て良かったと思った。演奏数も予想外の多さでビックリ、嬉しい驚きだった。

ドレスは、ベースがオレンジ・グラデーションに流れ星状の光物のデザイン。

345 曲の説明をし、デュランティの由来を話し、という感じの「トーク」。そうそう、今日も伴奏は、山洞さん。

藤井さん、どうしちゃったのかな?

会場の状態がいいとは思えない中でも、デュランティは今日も最初から快調に鳴っていた。目の前で響く奏でで、夢のような至福の時間は、「あっ」という間に過ぎていく…。

千住さんの奏でが初めての方が多いのか、「ツィゴイネルワイゼン」演奏後は、会場全体がどよめきに沸いた、ものすごかった。皆さん、千住さんのすごさを体感した、凝縮された驚きと感動の渦なのだろう。

会場設定・構造からいって、アンコールはないだろうなと思っていたら、1曲だけとアンコールも弾かれた。今日の想定外は嬉しい外ればかりだったかも(笑)。

【 鑑賞日 】 2006.4.13 ホテルパシフィック東京

| | コメント (2)

2006年4月12日 (水)

雑感・雑文 「野間氏の“恩”」、他

「野間氏の“恩”」

Moma1 先日(06.4.10)、宮本常一著『日本人を考える』<後編>で、「宮本×・安岡・野間」編に、野間氏の発言を一言も載せなかった。

実は野間氏には“恩”?!があるので、少しその“恩”のことを書きたい。

私はわりと活字は好きな方で、読書する習慣が子供の頃からあった。しかし、単行本でも、文庫本でも、分厚いものは、その厚さだけでおののき、中身を見るまえに避けてしまう傾向はあった。

椎名誠さんのような「活字中毒者」(← もちろん敬意を込めての表現)でなければ、大方の人はそうなのではないだろうか?

それに、たとえ分厚い小説などに挑戦しても、面白くないと途中で頓挫してしまうのが常であろう。(少なくとも私はそうだった)

何を思ったのか、確か自分が敬意を持っていた方が、

「野間さんの『青年の環』は、昭和文学の中で秀逸な作品である」

言われていたので、岩波が文庫にしたということも合わさって、挑戦することにした。

野間宏というと、『真空地帯』や『暗い絵』などは有名だけれども…。

さて、全5冊の1冊を見て、案の定おののいた(笑)。幅が2センチはあろうか…、それ以上あるものもあった。「うわっ!」である。(笑)

しかし、何故かこの時は“読もう!” というパワーが勝ったのだ。

『青年の環』 野間宏(19151991)著 (岩波文庫) 全5

「舞台は日中戦争下の大阪・市役所に勤め部落更生事業に打ちこみつつ左翼運動に関係する矢花正行と、政治運動から脱落した友人大道出泉を対極の主人公として、政治関係や社会関係、友人・女性・家族関係等が細緻に描かれてゆく。全体小説をめざし、二十三年の歳月をかけて完成した八千枚の長篇」

内容が内容だけに、重い、重い話であり、けしてつまらなくはないけれども、面白くてたまらない!というようなものではなかった。

まるで、フルマラソンの第一歩に足を入れてしまった感覚であった。ページをめくっても、めくっても1冊目の半分にもなかなか到達しない。

1冊目を読了した時、ふと、「この5冊を完読したら、大抵のものは手にしておののくことなく読む体質がつくれるかも」と思ったのだ。

野間氏の易しいとは思えない「八千枚の長篇」を読了した時、その思いは正しかった。

それ以来、分厚い本を読む前に、書棚にある『青年の環』の幅を目視し、「これが読めたのだから、大丈夫!」という、おまじない(笑)にも似たパワーが得られるのだ。

ということで野間氏には、大きな“恩”がある。(笑)

「東大教師が新入生にすすめる本」

『UP』東京大学出版会(2006.4月号)には、毎年この号で、「東大教師が新入生にすすめる本」というタイトルの章が記載される。

毎年手にしているわけではないけれど、今年は読んでみた。

ターゲットを東大新入生と絞っていながら、そして1人が何冊も紹介していながら、いつも1冊もダブらない。

「何人もが薦めるんだから、これはきっといいのだろう」という視点が使えない。それとも、薦める教師側に共有価値観が乏しいのかも?!(笑)

今年の中に、『武士道』を挙げた方(橋本和仁:工学部教授)、そして『福翁自伝』を挙げた方(木下直之:文学部教授)がおられましたよ。

Kitahi もし、私が新入生に、いえいえ、新入生に限らず一般・全般にお薦めする一冊は? と問われれば、も・ち・ろ・ん!

『千住家にストラディヴァリウスが来た日』 千住文子著 新潮社 である。

06413 そうです、お察しの通り、これが書きたくて、この項は書きました。(笑)

| | コメント (3)

2006年4月11日 (火)

勝手な映画評 (第9回) 『ナニー・マクフィーの魔法のステッキ』

   勝手な映画評 (第9回) 『ナニー・マクフィーの魔法のステッキ』

総合評価: 72 / 100

Naima5_2 作品:『ナニー・マクフィーの魔法のステッキ』( 2005年/ 米・英・仏 / 98分 )

監督: カーク・ジョーンズ 

脚本: エマ・トンプソン

出演: エマ・トンプソン、コリン・ファース、アンジェラ・ランズベリー、他

分野: ファンタジー/コメディ/ロマンス

公開予定: 2006.4.15(土) 

Naima4_2 (物語)

1年前に妻を亡くした葬儀屋に勤めるブラウン(コリン・ファース)は、長男のサイモンをはじめ7人の幼い子供を抱えている。一番下のアギーはまだ赤ん坊である。そして、かなりの借金もある彼は、妻の親戚で貴族の伯母(アンジェラ・ランズベリー)から、家賃などの援助をしてもらっている。

妻がいないのでナニー(家政婦・乳母・しつけ役)を雇うのだが(料理などの使用人は他に2人いる)、悪戯な子供たちは、ナニーを追い出すことを生きがいにしていて、その悪態・悪戯の数々の仕打ちで17人ものナニーがすぐにやめてく。ブラウンは途方に暮れる。

さらに、伯母から1ケ月以内に再婚しないと援助は打ち切る宣言をされている。父親は、このことを大人の問題として子供たちには「話さない」。

事情を知らない子供たちは「継母は絶対悪と勝手に認識していて、いじめられる」との思いから再婚を阻止しようともくろむ。

Naima2_2 両者(父と子)は対立関係で話し合うこともしないし、心も通じ合っていない。

援助が切れれば、家族は離散すること必須の中で、ブラウン家の前に突如として、魔法のステッキを持った“ナニー・マクフィー”が現れる。彼女の顔は、イボやあざや腫れた鼻や出っ歯と醜い。

「全てを私にまかせなさい」と言う、ナニー・マクフィーはいったい何者なのか?

ここから、ナニー・マクフィーのブラウン家への「レッスン1から5」が始まる。

果たして、ブラウン家の未来はどうなってしまうのか?

子供たち、そしてブラウンはナニー・マクフィーから「何」を学ぶのであろうか…。

Naima6_2 (寸評)

エマ・トンプソンの脚本であるが、その才女ぶりが詳細に行き届いている、流石だ。

冒頭、アダムス・ファミリーかと見間違えるほどのハチャメチャぶりで展開される。その行き過ぎとも感じられる悪戯ぶりは、ホーム・アローン的でもある。

レッスンを習得していくと、ナニー・マクフィーの顔からイボが消え、あざが消えという視覚で表現させる技は、鑑賞する子供たちへの視線を考慮した意図的なものだが、最後に綺麗なエマの顔を予想できる大人も楽しめる。

「約束は守るもの」という、法治国家・紳士国家のプライドがこの物語の底辺を支えている。「公約(30兆円を越えない)を破ったことは、たいしたことではない」と総理大臣が豪語する何処かの国とは品格の違いがある。

Naima3_2 子供たちへの教訓、道徳ものでもあるけれど、本当は父親、そして大人たちへのメッセージが詰まった作品なので、大人が観ても楽しみつつ考えさせられるものに昇華されている。

人間の心理的な深層も考えさせられる場面も多々ある。

しかし、物語の展開は、子供の眼を意識し子供が楽しめる作品にもなっているので、親子で行くにはお薦めの作品だ。自分で考えて決めることの大切さを子供たちは心に刻むだろう。

余談だが、この作品も、才女の美人女優が「醜い顔役をやりたがる作品」とも言える。例えば、シャーリーズ・セロンなどもそうだけれど、この作品は悲惨さはないので、安心して観ていられる。

お薦め度:★5つが満点、は半星)

*ファンタジー好き → ★★★★

*エマ・トンプソン好き →★★★★

*鑑賞後幸せな気分になりたい →★★★☆ 

*デート → ★★★☆

*アクション好き 

    「劇場」 VS  DVD (どちらで観る?のお薦めは

 WIN: 「劇場」

     俳優たちの顔の表情は、大画面で摘み取って!

公式HP: http://www.nanny-movie.jp/top.html

【 鑑賞日 】 2006.4.11(火) 特別試写会(九段会館)

秀作である。面白いし、すぐれた童話の持つ、エネルギーのある楽しい作品だ。

| | コメント (0)

2006年4月10日 (月)

『日本人を考える』 宮本常一 著 <後編>

『日本人を考える』 宮本常一 著(河出書房新社)、06.4.7に書いた続きを書く。(2006.3.30初版発行の新刊本(単行本)だが、中身は1966年~1979年間での9名との対談を寄せ集めたもの)

以下、転記文中「…」は略の意味です。

⑤宮本×速水融(歴史学者) 「庶民の生活と文化」【19767月 / 777月】

Masumi のどかな農村の生活の話で、

宮本「… 国文学者の菅江真澄という人がいる。この人は三河の国を天明3年に出て、東北、北海道を歩いて、最後は文政12年に秋田で亡くなった。この人かどうしてあれだけ長いたびをすることができたかというと、彼は和歌を作っておって、行った先でいろいろな人たちと和歌のやりとりをした。そういう人たちを見ますと、武士がほとんといないわけです。これは非常に大事なことなんですが、日本の文化は、漢字文化と仮名文化とのあいだに、ちゃんと境があった。漢字文化は武士が持っておった。けれども、民衆は仮名文化を持っておった。そういう人たちが町に住んでいて、例えば真澄が歩いて行った信濃飯田とか、本洗馬とか、松本とかで、一年くらい生活しております。… みんな知識をほしがっているわけだから、こちらが持っている知識が相手に必要なものである限りは、食うのに困ることはないわけですね。

そういう点をたどって長い旅をする。それが平仮名文化の特色みたいなものじゃないか。そういう人たちの層を巧みにたどりながら歩いて行っている」

宮本「… 泉光院の場合には、もう一歩民衆に近づいている」

速水「泉光院のつき合ったのは、知識グループではなくて、本当の庶民だったわけですね」

宮本「… そういう人たちのあいだには俳句があるんですね。和歌の層の下に、もう一つ俳句層がある。 …」

Kasutera 魚と鶏の中で、

速水「江戸時代の文書を読んでいますと、食べるものとしてよく出てくるものに、卵焼きがあって、これが案外食べられているように思うんですけれども」

宮本「ニワトリは、とにかく時間を知るために、みんな飼いましたからね。… 1年か2年のあいだはちゃんと啼いていてくれるんですが、3年くらい経つと、時を告げなくなる。そうすると、それを大抵、お宮の森へ持っていって捨てたものなんです」

速水「食べないんですか」

宮本「食べないんです。ですから、明治の中頃までは、少し大きい森を持ったお宮さんだったら、ニワトリがすごいほどおったんですね」

速水「その卵は、なまで食べるのですか」

宮本「いえいえ。たいてい卵焼きにしていますね。ただ、卵を生産して、それを商品にするためにニワトリを飼ったのは九州の西のほうで、これは江戸時代のかなり早くからある。それが実は、長崎のカステラの原料になった」

短歌や俳句で旅をしてそれで食べられる社会というのは、文化的に豊かなのでは、と思った。

でも、ここで長崎のカステラが出てくるなんて、予想もしなかったな。(笑)

⑥宮本×野間宏(作家)・安岡章太郎(作家) 「逃げ場のない差別のひだ」【19774.29,5.6 7711月】

※ このメンバーだから、差別問題、特に婚姻関係などを掘り下げているが、長くて書ききれないので、興味がある方は本書を!

筋が悪いということ、の中で、

宮本「… いまの墓聖だと言われている村は、明治の終わりごろまではほとんど灰を買うて歩いておった。肥料にする灰です。一番灰がたくさんできるところが火葬場です。つまり人を焼いて灰をかき出す。それを買うて歩くんです。」

火葬場の灰を肥料にしていたというのは、ちょっとビックリ。まあ、合理的・効率的といえば言えないこともないけれど…。何か、肉骨粉の狂牛病を思い出してしまった…。それも「牛」でなくて、「人」だからなあ…。

人と人との接触から…、の中で、

安岡「ぼくは三角寛さんの『山窩社会の研究』というのを読んだら、土佐にはサンカがいないことになっている」

宮本「おるんですよ」

安岡「やっぱり。足で調べないとだめなんだなあ。… 」

Nomugi 安岡「近代資本の暴力には、今後どうなるかわからんようなとこがある。人間を買うというような、『女工哀史』のような悲劇はなくなったかもしれないけれど、近代資本の暴力は、人間の内部をむしばんでくる。それが今後どうなるかは計りしれない」

安岡さんが憂えている事柄が、発言の30年後の今、現実的になっているのではないだろうか?

このままでは…。 でも、諦めることなく、しっかり現実を見つめ、一人の社会人としてやるべきことをしていこうと思うこの頃である。

| | コメント (1)

2006年4月 9日 (日)

千住真理子スプリングコンサート 4/9

Mariko3 大ファンである、千住真理子さんの公演に行ってきた。

アミューたちかわ大ホール、場所は、西国立 or 立川から徒歩815分。

思っていたより遠かったし、新宿に行く山の手線に乗ってまもなく、停止。原宿近くで「人」が線路内に入ったため安全をとり、内・外回りとも停止…。

車内放送が入る。

「さきほど、原宿構内の線路に人を確認しましたが、見失ったため、現在近くを走る別線が徐行運転をして人がいるか、安全確認をしています。安全が確認されるまで内回り、外回りとも停止いたします。ご迷惑をおかけいたしますが…」

“見失ったため”というフレーズが頭の中をリフレイン。

1213分ほど動かず。まだ、新宿にも着いていない。出鼻を挫かれたって感じで、ちょっと気分はブルー。

早めに自宅を出ていたのが良かったのか、悪かったのか、電車の遅れで会場には、開場の5分前に着いた。やれやれ、である。

今日は、千住会の方々もわりと来られていたので、他に書かれる方もおられると思うので(ご自身のブログや千住会の掲示板など)、公演の内容は、ここでは簡単にする。

今日の伴奏は、藤井さんではなく、山洞智さん。(山洞さんには申し訳ないけれど、この組み合わせより、藤井さんの方が私的には好ましい)

■プログラム

1

ヘンデル:ラルゴ、

バッハ/千住明編:2つのメヌエット

ヘートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ5番「春」

2

チャイコフスキー:メロディー

チャイコフスキー:瞑想曲

メンデルスゾーン:春の歌

メンデルスゾーン:歌の翼に

サラサーテ:プライェーラ

ソラサーテ:サパテアード

※ アンコールは、雪の女王のテーマ、愛の挨拶、G線上のアリアの3曲。

Jo_in_060129 今日の席は、6列目の中央。

デュランティは、一曲目からよく鳴って、歌っていた。非常に状態もいいようで、千住さんご自身もお元気そう。

後方に座られていたCさんも、「後方までとてもよく響いていた」と言われていて、やっぱり千住さんはすごいなと思った。

私は、昨日上野での室内楽で、今日より近くでヴァイオリンの音・奏でを聴いたのだが、こうして比較できる感じになると、もう、もう、全然鳴りが違うのだ。昨日の方もカーネーギーホールで弾くくらいの実力者ではあるのだが、横綱と十両以上の差を感じた。

やっぱり、千住さんの奏では聴けるだけ聴きたい!! 

サイン会もあり、いつものように千住さんに皆でご挨拶して、少しだけお話ができて、いつものことだけれど、それでも嬉しかった。

千住会会長もいらしていたので、千住さんと会長を皆で囲む空間もでき、よかった。

皆、笑顔で気持ちのいい時間が流れていた。

ホールをバックに集合写真を撮って、立川の自然食のお店に入った。

そこで出たビールは缶ビール…、でも「信州 オーガニック・ビール」という麦もホップも有機栽培100%のビール。

すっきりし過ぎで、淡白なビールだった…

【 鑑賞日 】 2006.4.9 アミューたちかわ(大ホール)

  知人同行者(K会長、TSUさん、Kさん、Fさん、Gさん、Cさん)

| | コメント (4)

2006年4月 8日 (土)

サンクト・フローリアン三重奏団公演

サンクト・フローリアン三重奏団公演に行ってきた。

Santoku 出演  三戸素子(Vn) 小澤洋介(Vc) フィリップ・ヤング(Pf)

曲目  サン・サーンス:ピアノ三重奏曲 第1番 ヘ長調 op.11

ベートーヴェン:カカドゥ変奏曲 ト長調 op.121-a

      ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調

     サンサース(1835 - 1921

ベートーヴェンに傾倒し、古典様式に基づく器楽曲を作曲した。20年間、パリのマドレーヌ教会の名オルガニスト。

近代フランス音楽の基礎を築いたといわれている。

ピアノ三重奏曲 第1番は、34歳の時の作品。

春にぴったりな感じのさわやかな第一楽章。第二楽章は、ドボルザークに似て叙情的。そして、リズミカルな第三楽章、さらに複雑な展開の第四楽章のフィナーレでつづられる。

楽章ごとに変化に富んだ編成で、導入曲目として、三人とも初めて聴く方々なので、その音の性格が分かって、面白かった。

ピアノが一番鳴っていたなあ。

     ベートーヴェン(1770 - 1827

「『プラハの姉妹』の中の『私は仕立て屋カカドゥ』のテーマによるアダージョと10の変奏曲とロンド」で、ベートーヴェン得意の変奏曲。

最晩年の作品。

初めて聴いたかも。

明調、暗調のはっきりした構成に感じられた。

三重奏の調和が感じられてきて、まあまあ良かった。

     ラヴェル(1875 - 1937

パリ文化最盛の中、プロフェッショナルであること、粋な音楽を書くことを信条とした、怜悧なまでの頭脳を持ち、職人肌のラヴェル。

ピアノ三重奏は、第一章「モデレ」、第二章「パントゥーム」、第三章「パッサカリア」、第四章「フィナーレ」

とても素晴らしい曲目だった。

今日は、このラヴェルがあって「良かった」と思った。

前半だけでは、家でゆっくり休んでいればよかったかも…、と思ったのだが、後半はとても美しい奏でで良かった。

アンコールは、ピアノのフィリップ・ヤングさんがアレンジした「からたちの花」。この日本の曲の時が一番、ヴァイオリンもチェロも歌っていた。

全般、ピアノの演奏が一番心地よく響いていた気がする。

【 鑑賞日 】 2006.4.8(土) 東京文化会館(小ホール)

| | コメント (2)

2006年4月 7日 (金)

『日本人を考える』 宮本常一

『日本人を考える』 宮本常一 著(河出書房新社)を読んだ。

2006.3.30初版発行の新刊本(単行本)だが、中身は1966年~1979年間での9名との対談を寄せ集めたもの。

宮本氏は民俗学の大家で、今でもその業績が高く評価されている方。

対談者も大物揃いで、向井潤吉(洋画家)、大宅壮一(作家)、野間宏(作家)等々。

高尚な方々なのであるが、時々危ないと言うか、セクハラ的というか、今ではヤバイ感じの対話も混じっているけれど、それぞれ卓越された方々なので含蓄のある話が多く、とても面白かった。

以下、転記文中「…」は略の意味です。

①宮本×向井潤吉(洋画家) 「私はこんな旅をしてきた」【19664.8

Mukai3 旅の話で、

宮本「お酒と絵のための旅ですか。1年になん日くらい旅にでられますか」

向井1365日、全部、旅したいですね。旅絵師という生活をやりたいんです」

宮本「わたくしは、昭和27年ですが、274日、旅をしたのが最高記録なんです」

美人の産地の話の中で、

向井「…これも、美人の産地。こうやってみると、美人系統というのがわかりますね。と同時に、それは民謡のあるところですね」

宮本「民謡と民話ですね。民話のない地帯はつまりません」

向井「ロマンスのないようなところには話もないし、歌もできないんですね」

宮本「民謡と民話のあるところは、人の心がゆたかですね」

旅についての思いに関して、

向井「わたしの旅は未知へのあこがれです。しかし、このごろの人は、旅じゃなくて旅行をやってるんですね」

宮本「旅行の行もなくなって、リョだけみたいですよ。タビを復活したいでいね」

(↑ この思いで私(トム)は、大学時代、山岳部の他に「旅研究会」にも所属していた。全く共感である!)

②宮本×大宅壮一(作家) 「“夜這い”こそ最高の結婚教育」【19689.30

前文で、

「…、長年、雨にたたかれ、陽にさらされながら、一心にものを見つづけた人だけがもつ、底抜けの明るさが、宮本さんにはある」(大宅)

宮本氏の師である渋沢敬三氏からの言葉の中に(宮本について)、

「…、約3千の村々を、汽車も利用したが足で歩いた方が多いので、…彼の学問は活字からも十分吸収されているが、一面いろいろな土地を歩き、眼で見て、耳できいたものが強くものをいっている」

島の話の中で、

Remanko2 大宅「スイスのレマン湖に浮かぶ島は、国家に功労のあった外国人にやっておりますな。この島は、ウィルソンの島、あれはドゴールの島…」

宮本「太平洋の海の底にいくつかの山がありますね。こともあろうに、アメリカ人がそこに日本の天皇の名前つけてますよ。神武だの安寧だの…」

(この項の「夜這い」に関して関心のある方もいると思うが、それは本書でご確認を、笑)

③宮本×浦山桐朗(映画監督) 「地方人意識の変貌」【19689月】

Kaibara2_1 地方の人の流動の話で、

宮本「…古い時代には地方にも立派な学者がおりましたね。…、貝原益軒という人は江戸におったんじゃないんだ。福岡にいた。一流の学者が地方にいた。それが地方に住むものに自信をもたせている」

④宮本×草柳大蔵(評論家)・臼井吉見(作家)「日本人」【19712月】

適応と変容の話の中で、

草柳「…エドガー・フォールに会ったのです。ちょうどOECDの教育使節で、ずっと東南アジアを、日本を含めて回って帰ってきたところで、どこがいちばんおもしろかったですかと聞いたら、やっぱり断然なんといっても日本がおもしろかった。…日本人をどう思うかといったら、日本人というのは非常に適応はうまいと。だけれども変容はしないというのです…、適応したからこそここまで発展してきて、そして東洋の中のヨーロッパみたいになったわけでしょう、今はアメリカだけれど。だけれども変容はしていないですよね。地縁、血縁みたいなものを重んじたり、それから日本人社会を作って、閉鎖的になったりというところはぜんぜん変容しない、本質は。…」

長くなったので、今回はここまで。

機会をみて、後半を書こうと思う。

今、出版界の中でも、「国家」、「日本」、「日本人」に関する本がブームになっている。新しく書かれたものもあるし、今回取り上げたように過去の中からそれらを探ろうとする動きも多い。(『国家の品格』藤原正彦 新潮社などはベストセラーだし…)

「日本人」のアイディンティティが言われながら、それを失いつつあり、崩れていく中に、危機感を感じているからだろう。

日本人としての「精神」が確立されていたと感じさせる古書から学ぼうという力が働いているのだろうが、学ぼうというより、一部ではあるけれどそれによって救われたい、すがりたい、というようにも見えることも、そして売れればいいという現況も感じられ、一方では悲しくなる。

もちろん、そこから真摯に学ぼうとする傾向は素晴らしいことであるし、そちらが主流だとは思う。私自身もそうありたいと思い、本書を選んだつもり。

今回取り上げた本の中にも、「農村のバランス感覚」という視点があったが、今盛んに「格差社会拡張」が叫ばれている、確かに二極化が進んでいるし、それは好ましい未来があるとは私は思わない。

「バランス」を考える時期は、もうとうに越えているようだ。早くバランスが正常な社会にしなければならない、と思う。

| | コメント (3)

2006年4月 6日 (木)

勝手な映画評 NO.8

   勝手な映画評  (第8回) 総合評価: 38 / 100

Doom8_2 作品:『DOOM ドゥーム』(2005年/米国/104分)

監督: アンジェイ・バートコウィアク 

出演: カール・アーバン、ザ・ロック、他。

分野: SFホラー・アクション

公開予定: 2006.4.1(土)より公開中 

Doom9_2 (物語)

「世界中のゲーマーの熱い支持を得た一人称視点のSFシューティング・ゲーム“DOOM”シリーズをベースにし、映画化(映画版は「3」を原作)した作品」。

舞台は近未来。

火星・オルドゥヴァイ研究所のカーマック博士から、「極秘研究の被験体が脱出、至急ここを封鎖しろ」との救援要請が入った。

遺伝子操作の間違いから起こった最悪な事態である。

サージ(部隊のリーダー)、リーパーら特殊部隊の精鋭8人が、火星の古代都市への通路「アーク」を利用して、救援任務へと向かう。

そこに現れたのは、予想もしえなかった凶暴な怪物であった。

特殊部隊と得体のしれない怪物(ゾンビ)たちとの死闘が始まる…。

果たして、怪物の正体は? 人間は生き残って地球に帰れるのだろうか…?

Doom10_1 (寸評)

B級映画である。

ゲームが大人気だし、映画化すればけっこういけると皮算用して作ったのでは? と思ってしまう。

(私はゲームを全くしないので、ゲームとどの程度シンクロしているのか分からないけれど、ストーリーは単純なのでゲームの内容を知らなくても全然支障はなかった)

戦闘場スペースを封鎖してしまうので、ある意味密室劇的な所ががある。それぞれのキャストの役柄がほとんど説明なく話が進むので、ストーリーの深みはない。

それでありながら、特殊部隊の一人と科学者の一人が双生児で、小さい時に、火星で両親を失い、その禍根から確執状態などというわざとらしい背景を入れている。

全体的に、ストーリーや展開を楽しもうという観方をするとツッコミ所が多くて疲れる。

ゲームの対戦を見ているんだと、気楽に観たほうが映像を楽しめると思う。つまり、内容は希薄で、ストーリーは後から何とかするかって程度の感じ。

重要視されるのが、格闘シーンとその武器の種類だし。

終わり方も、はい、ゲームオーバーですよって感じですからね。

いいところを探すとすれば、一人シューティングの画面を忠実に再現したクライマックスのアクションシーンは、ゲーム好きには十分楽しめる構成になっているのだろうな、と思った。

あと、サージ役のザ・ロックのファンには絶対お薦めの作品。

久し振りに「銀座シネパトス」に行ったら、リニューアルされていて綺麗な劇場になっていた。座席も変って、観やすい。映画館の競争が厳しいからこそのリニューアルなんだろうな。

お薦め度:5つが満点、は半星)

*ザ・ロックのファン →★★★★★

*暇つぶし ★★★★

*ゲーム体感 →★★★☆

*ツッコミ好き →★★★

*映画で人生を考えたい

    「劇場」 VS  DVD (どちらで観る?のお薦めは

 WIN: 「劇場」 

小画面では何の面白みもないから、大画面で!

公式HP:     http://www.doom-movie.jp/ 

【 鑑賞日 】 2006.4.6(木)銀座シネパトス(東銀座)

| | コメント (0)

2006年4月 5日 (水)

ワインを求めて、三千里!?

ここ数日間での話である。

ワン・ケース(回)の件だし、たまたま各対応・担当された「個人」の問題かもしれないが、その傾向はあるだろうと思ったので書こうと思う。

Wine3 ワインの紹介書(1998年にイギリスで刊行されたものの日本語版)を読んでいて「コレが欲しい!」と、釘付けになったワインがあった。

蔵、醸造家、自社畑面積などの紹介とその蔵の連絡先(住所・電話番号)、そしてそのワインの解説などがカラーで載っているもので、値段の記載ない。

惹きつけたワインは、イタリアワイン。だから、住所、電話も現地イタリアのもの。

どうにか手に入れる方法はないか? インターネットショップ・サイトなどで検索したが、該当ワインはヒットしない…。 

ただ、レストランのワインリストにお目当てのワイン名があったりするので、入手可能なものと判断し、「足」を使って、つまりお店を廻って探すことにした。

Wine1本の該当ページをコピーして、どのお店でも同じコピーを見てもらい、「入手可能か? 値段の見積もり。入手可能な場合、発注後入手までの期日」などを聞いていくことにした。

初めは、やはり地元から。

酒屋商店は、何処に行っても「分からない」 or 「いやぁ~、うちじゃ無理だね~」の反応。 それで、ワイン専門担当者を配置しているお店に絞って探すことにした。

●地元スーパーY(O店)/ワインは充実した品揃え。

午前中に行ったところ、ワイン専用社員は午後出社とのこと。それでは、午後に、と言いかけたところ、レジ内社員用電話機で、問屋先の担当者に直つなげ、「社員専用スペース」に入って私に電話で直接話して聞いてみて、と言う。(いいのかなぁ、部外者を中に入れてしまって…)と内心思いながら、そのスーパーにワインを搬入している輸入元問屋担当者と話しをした。

輸入問屋「調べますので、少し待ってください。(23分待ち) ちょっと記憶が確かではないのですが、23年前に入れたことがあったような…。でも、少数での取り扱いは無理かも。ケース買いできたとしても入荷は12ケ月後になる可能性が大ですね。」

※店員の対応は親切だったし、こちらの探す熱意に応えようとしてくれる気持ちが嬉しかった。

●カメラ店大手B(I店)/ワインはまあまあ充実した品揃え。

ワイン専門担当者が対応。コピーを見ても、「初めて見るワインです」と言って、コンピュータで検索を一所懸命しても不明。分厚いワイン・カタログを持ってきてくれて、一緒に探してくれる。

しかし、見つけられなかった。

※ここも店員の対応は親切だったし、こちらの探す熱意に応えようとしてくれる気持ちが嬉しかった。

●Mデパート(G店)/ワインはまあまあ充実した品揃え。

ワイン専門担当者が対応。コピーを見ても、「見たことないですね…」。

※ここも店員の対応は親切だったが、ワインの知識があまりあるとは思えなかったなあ。

●Sデパート(SIBU店)/小規模蔵のワインを蔵元から直で入れる個性的な品揃え。

ワイン専門担当者が対応。あっさり「うちでは扱っていません」

●Bデパート(SIBU店)/ワインは充実した品揃え。

ワイン専門担当者が対応。コピーを見ても、「???」。

●Kデパート(SIN店)/ワインは充実した品揃え。

ワイン販売担当者が対応。コピーを見ても、「見たことないですね…」。

担当者「日曜日は、問屋・取引先が休みなので、明日お調べしてお知らせいたします」

「お取寄・お取置票」用紙に、記入して連絡待ちとなる。

※ここも店員の対応は親切だったが、ワインの知識があまりあるとは思えなかったなあ。

●Iデパート(SIN店)/ワインは充実した品揃え。

ワイン専門担当者が対応(胸にソムリエバッチが)。

コピーを見て、詳細に読むこともなく、

担当者「あっ、これは確か、○■▽社が輸入元の『●●●(ワイン名)』か、『○○○(ワイン名)』が考えられます。少しお待ち下さい。」

担当者「カタログに載っていました。これですね。やっぱり○■▽社が輸入元でした。ただ、年によって値段は違うので、どの年のものお取り寄せできるか輸入元に聞いてみないと分からないです。今日は日曜なので、明日お知らせできると思います」

このてきぱきとした迅速・的確な対応にビックリ! 

先にKデパートで調べてもらう手続きをしてしまっていたので、恐縮ながら、

「実は、さっきKデパートで同じように探してもらう手続きをしてもらっているので…」

担当者「あちらもおそらく○■▽社とお取引があると思いますので、入手できるのではないでしょうか。お値段も、うちと変らないと思いますよ。でも、お取り寄せができるか、その期間も含めてこちらもお調べしてご連絡しましょう。期間ですか?おそらく34日くらいで入荷できると思いますよ。

お値段は、お幾ら位までを予定されますか?(希望金額の幅を聞いた) それと、もちろん、ご購入は先に行かれた所で構いませんから」

「それは大変ありがたいです。実は、Kさんの方は、あまりワインのこと分かっていない感じがして…、こちらのご対応の的確さに、こちらの方が信用できるなあ、と思って…」と正直に言った。

担当者は、営業笑いではない微笑を返してくれた。

「ご注文・お取置き・お預かり」用紙に、記入して連絡待ちとなる。

※ここの対応は親切だけでなく、なんとワイン知識の豊富なスタッフだろう、すごい!と思った。 何人もの「???」という販売員の顔を見続けていたので、感動にも近いものがあった。

さて、結果である。

Wine2 ●Kデパート

電話「一生懸命調べたのですけれども、見つかりませんでした。」

●Iデパート

電話「お取り寄せできます。お値段は、消費税込みで○○になります。

いかがされますでしょうか?」

「それでは、お願いいたします。ありがとうございました。」

電話「ありがとうございます。それでは、入荷はおそらく△▽日になるとおもわれますけれども、入荷次第もう一度ご連絡さしあげます」

近々、切望したワインが私の手の元に来ることになる。

今回、「“人材”は宝である」ということを、この体験からしみじみ感じた。

賞賛すべきことなので店名は実名を書くことにする。

●Iデパートとは、

店名「ISETAN 新宿店」。担当者はYさん。

ここの対応は、素晴らしいものであった。

| | コメント (3)

2006年4月 4日 (火)

歌のない音楽会(公開収録: 4/4)

シブヤらいぶ館『歌のない音楽会』(司会:渡邊あゆみ)の公開収録(2本撮り)に行って来た。

今回は、感動というよりは、音楽を楽しみ、そして面白いと感じたものだった。(千住真理子さんと村治さんの時は、感動が中心だったけれど)

<①> 藤原道山(尺八)&妹尾武(作曲・ピアノ)&古川展生(チェロ)

Fujiyama 藤原さんは、3/22に行ったアディエマス/カール・ジェンキンス公演でゲスト出演した。こんなに早く再会するとは思っていなかった。

2部構成で、1部は藤原さんは和服姿、2部はタキシード(濃紫色!)。

中心が尺八で、1日にこんなに尺八の音を聴いたのは初めて。

クロスオーバーが流行っている現在、尺八・ピアノ・チェロの組み合わせは…、いや、慣れるまで少し違和感があったのが正直なところ。

この三人で、もうかなり全国で公演もされているという。

Fulukawa3 それでも、尺八とチェロの組み合わせで、バッハを奏でた時は驚きと共に結構調和していたので面白かった。バッハがすごいのか、奏者のお二人がすごいのか、どちらもなのか?(笑)

今日のために作った曲『ベストフレンド(ズ)』は、三人でツアー移動を車でしていた時、作曲家の妹尾さんが作ったそうだ。ポップス調に感じたけど、爽やかでいい曲だった。

藤原さんと妹尾さんの出会いのキッカケは、なんと、千住明さんだそうだ。

明さん、いろんな場面で活躍されているなあ。

それに、古川さんが加わって現在の形に。それぞれ個人での活動が中心だけれども、この秋にも組んで公演をするし、できたらアルバムも出したいと言われていた。

面白かったのが、収録は終わってから、

進行担当ADからの質問で「トリオ名とか、ユニット名はつけないのですか?」

藤原「私の“道”と、妹尾さんの“武”と、古川さんの“古”をとって、『古武道(こぶどう)』(仮)となっています。まだ仮になんですが、マネージャーはスケジュール表に「古武道打合せ」とかもう書いていて、それに僕たち三人よりもさらにマネージャーの方が仲良くなって飲みに行ったりしているらしい(笑)」

     放送予定日

BShi  (未定)   20:0020:43

BS2   5/17(水) 18:0018:43

<②>小松亮太(バンドネオン)&オルケスタ・ティピカ

Komatsu2 バンドネオンは、アコーディオンに似て非なる楽器だそうで、アコーディオンは鍵盤だが、バンドネオンはボタン(右、左に各々たくさんのボタンがある)。

そのボタンの配列が不規則で体感で音階を覚えるしかないと言っていた。「ド」からかなり離れた場所に「レ」、「ミ」はまた全然違う箇所…(何故その不規則配列なのかの説明はなかった)、観ながらやると分からなくなるそうだ。そして同じ「ド」を押しても広げる時、閉じる時で音が全然異なる。

難しそうな楽器だ。

こちらは、アルゼンチン・タンゴ。

最初から、ノリノリの音楽空間が広がって楽しく、面白かった。

小松さんは、俳優の京本正樹さんと指揮者の飯森範親さんを足して2で割った感じの見かけも中身もキザっぽいナルシストみたいな、感じで、それにお調子もんも加わる。(笑)

でも、演奏をする姿を観ているとやはりプロ、聞かせる音楽空間を創り出す。流石だ。

元祖的ピアソラの作品をはじめ、小松さんご自身作曲の曲まで、エネルギッシュに、パワー全開で汗を吹きながらの熱演だった。

バンドネオン奏者は小松さん一人と思っていたら、舞台全面に4人バンドネオン奏者が並んで、最初の演奏が始まった、それは壮観なスタートであった。

今日行くかどうか迷ったのだが、鑑賞してみれば、①②共に行ってよかったと思える充実した内容だった。

     放送予定日

NHK - BShi  4/26(水) 20:0020:43

NHK - BS2   5/ 3(水) 18:0018:43

【 鑑賞日 】 2006.4.4 NHKふれあいホール(渋谷)

| | コメント (0)

2006年4月 3日 (月)

勝手な映画評 NO.7

今日は、千住真理子さんのお誕生日。

この場を借りて、

『 お誕生日おめでとうございます!

ますますのご活躍と、

素敵で充実した一年になりますように!! 』

   勝手な映画評  (第7回) 総合評価: 60 / 100

Kulai4 作品:『クライング・フィスト』(2005年/韓国/120分)

監督・脚色:リュ・スンワン

出演: エチェ・ミンシク、リュ・スンボム、他。

分野: ヒューマン・ドラマ

公開予定: 2006.4.15(土) 

Kulai3  (物語)

二人の男がいる。二人とも、どん底の苦しみの中にいる。

一人は、元ボクサーのカン・テシク 40歳。

かつて、アジア大会の銀メダリスト。引退後、経営していた工場は倒産。莫大な借金を背負い。妻からも愛想をつかされ、愛する子とも引き離された…。

一人は、喧嘩とカツアゲと不良街道まっしぐらのサンファン 19歳。

警察さたも絶えない。高利貸しの老人を襲って失敗し、少年院送り。荒んだままの彼は、すぐに問題を起こし独房へ。

そんな息子を、辛い肉体労働をしながら、優しく包む父親。その愛情すら反抗するサンファン。

あり余ったエネルギーの間違った使い方と荒んだ精神を立ち直らせようと刑務官が「ボクシング」と出合わせる…。

落ちぶれたカン・テシクは、街中で「男1分、女2分で、1万ウォン」という、殴られ屋を始める。

ある日、息子が殴られ屋の父親の現場にやって来て、少しずつ運命の歯車が動き出す…。

どんなに悪くなった自分(サンファン)に注がれる父親の優しい愛情をやっと理解し始めた時、工事現場の事故で父が逝く。残された、孫(サンファン)を自慢する優しい祖母も過労で倒れる。

ボクシングで勝つことによって、再起、そして親孝行にと決意を固めたサンファンの転機の時が来た…。

二人はどちらも相手を全く知らない見ず知らず。しかし、過酷な運命から再生・再起を祈る力が、二人を一つのリングで合わせることになることを、まだ二人とも知らない。しかし、その日は近い…。

決勝に残った二人、会場にはそれぞれの肉親が見守る。

果たして、勝利の女神はどちらに…。

Kulai6 (寸評)

古くは、『ロッキー』(1976年)、そして最近でも『ミリオンダラベイビー』(2004年)など、ボクシングを舞台にした作品は多い。(両作品ともアカデミー賞受賞している)

過酷な場面を表現し易いし、11の闘いや、人間模様を肉体・精神両面で突き詰められるからだろう。

この作品も同様だが、大きく違うのが、「主人公」とされるのが対決する二人ともであるということ。そして、どちらも応援したい気持ちになるのだ。

二人の人生をスポットで交互に描き続けられるので、観客はそのどちらにも感情移入し、「どちらにも勝たせたい」というストーリーの意図は成功している。

観ていて、“引き分け”があってもいいじゃない!と思ってしまう。(結果は、観てからのお楽しみ)

カン・テシクをある時は、そっと、ある時は、熱く、見守る飲食店の店主が、自暴自棄になっているカン・テシクに向かって、

「ワケありの人生を抱えているのは、お前だけじゃない!」

と叫ぶ場面がある。

そうだよなあ、生きるってことは、悲しく、辛い、悔しいなどを誰もがその人なりに背負っているものだからと、妙に納得してしまった。こんなコメント書くということは、私も自暴自棄になっているのかなあ?(笑)

Kulai1_1 荒んだ時の彼らと、闘志に燃えて、再生・再起にかける彼らと、まるで違った人間のように変化するのは見所だ。

全くロマンティックな場面はないけれども、形はどうあれ全面“愛”に包まれた作品である。

そうそう、「クライング・フィスト」を、<泣拳>と表現している。

確かに、感情移入できれば泣ける映画である。

この二人のボクサーには、実際のモデルがいるという。

一人は、青森県出身の晴留屋明(はれるやあきら)、一人は、ソ・チョル(現・K-1ファイター)。

お薦め度:5つが満点、は半星)

*ヒューマン・ドラマ好き ★★★★

*男の闘い好き →★★★★

*映画で人生を考えたい ★★★

*デート 

*ハリウッド系大好き →★

     「劇場」 VS  DVD (どちらで観る?のお薦めは

 WIN: 「劇場」 

荒んだ姿、闘志の姿、何よりも格闘シーンは大画面で!

公式HP:   http://www.crying-fist.com/

【 鑑賞日 】 2006.4.3(月)特別試写会(九段会館)

| | コメント (0)

2006年4月 2日 (日)

森本計一 展

「 森本計一展 ― パリの街角を描く ― 」を鑑賞した。

ぷららきたさんから、ご紹介を受けて作家ご自身が会場におられる今日行って来た。

(※ このブログの絵は、今回の新作のものではありません)

紹介文から。

Morimoto4多くの画家たちが愛した街、パリ。その豊かな表情を光彩の中に織り込み、独自の世界を展開する画家・森本計一氏の新作展です。光と色と風が豊かに共存し、木々や街並が人々と共鳴する瞬間の街の鼓動を描いた魅力ある作品の中から、油彩画を中心にパステル画もあわせて60点を展示販売いたします。

森本氏と奥様にお会いできた。お二人とも、たいへん気さくな方だった。

Morimoto2奥様がいろいろ説明をしてくださって、例えば、

「パリに2週間滞在し、たくさんスケッチをしてそれを帰国後イメージと記憶で書いていく。毎年、定点観測的に同じところに行くので状況や変化もよく分かる」

16歳まで生きた愛犬(柴犬)が1995年に亡くなって、その気持ちもあって絵に犬を入れることがある」

絵は、色使いや線の引き方など全般に温かさがあり、人間観察にも人柄が出ていた。

Kusakari 余談だが、会場に行く途中、「出版記念」トーク・サイン会があった草刈民代さんが終えて歩かれているところに偶然出くわした。流石、オーラが出ていてすぐに気付いた。バレエをしているのでやはり姿勢よく颯爽と歩かれていた。

遅かれしではあるが、オアゾに初めて行った。東京駅にほんと近くて、便利で、商品もセンスの良いものが揃っていた。ロレックスの時計に気に入ったのがあったけれど、もちろん、ウィンドショッピングである。(笑)

素敵な絵画鑑賞もできたし、オアゾにも初めて行く機会になり、ぷららきたさん、ありがとうございました。

【 鑑賞日 】 2006.4.2  オアゾ内 丸善本店4FギャラリーA

               知人同行者(Fさん、Mさん)

| | コメント (2)

2006年4月 1日 (土)

選抜奨励展

Sakura 今日(4/1)オートバイ(中型)を走らせ、満開の桜トンネルを抜けて、池袋のデパートに行き、8階Pステーションに予約チケットの手続きで列に並んだ。前に78人もいるだろうか、私の後ろにもすぐ45人がついた。

私の直前には、すらっとした美人が薄着姿で並んでいた。年の頃は、20代前半という感じに見えた。

今日は暖かかったのと、チケット取ったらすぐ帰るつもりで、タンクトップの上に革ジャンを羽織っただけで出てきてしまったので、デパート内はまだ暖房で少々暑かったけれど何せ革ジャン脱いだらタンクトップだからなあ…。

3分位経った時、突然、前の女性が倒れた。

視線を下に降ろすと、薄着の上、スカートである。

すぐに揺り動かすのは、脳が原因の場合危険なので、横にさせたまま声をかけたが、意識はない。呼吸はしていた。

私は、革ジャンを脱ぎ、女性の腰上に羽織るようにかけた。

そして、店員を呼び、すぐ救急車の手配をお願いするとともに、もう一度女性に声をかけた。まだ、意識は戻らない…。

5分もすると、意識が戻った。(救急車はまだ来ない…)

「大丈夫ですか?」

女性「あっ、す、すみません」(何があったかキョロキョロ周りを見てすぐ判断したようだった)

「ここへは、お一人ですか?」

女性「母が地下(デパ地下)にいます」

「それでは、放送をかけてココに来てもらいましょう」

それから、間もなく、母親と救急隊員が合わせたように上がって来た。

母親に私の連絡先を聞かれたが(ドラマのように「名乗る者のものではありません」というクサイ科白は言えないし、笑)、私は「いえいえ」と言って、革ジャンを急いで着て、その場を逃げるように去った。

オートバイに跨った時、チケットの手続きをするのを忘れていたことに気づいたが、何か恥ずかしくて戻るのはやめてそのままエンジンをキックでかけた…。

春の風が優しく感じた午後だった。

さて、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今日は、4/1、そう、エイプリル・フール。(笑)

皆さんは、ウソつきましたか~?

今日あったというのは真っ赤なウソだけれど、10年以上前の実話なんだ、季節は真夏だったけれどね…。だから冷房を春用に暖房とかに脚色はしたけれど。

信じてもらえるかな?(笑)

Senbatu3 さて、ここからは本当の今日のこと。

『第25回損保ジャパン美術財団 選抜奨励展』(損保ジャパン東郷青児美術館・新宿)を鑑賞して来た。

これは、全国の推薦委員から推薦された若手作家26名の平面作品と、公募展の「損保ジャパン美術財団奨励賞」(平面36名、立体18名)を紹介するもの。(賞金は「損保ジャパン美術賞」100万円、「秀作賞」20万円など)

美術館は42階にあるので、入口前から新宿や新宿副都心の展望もできる。

作品は大きな絵画が多いけれど、ゆったりと配置されているので、落ち着いて鑑賞できた。

Senbatu1 「損保ジャパン美術賞」作品は、なかなか面白い構成で、中央の海と空の青さが引き立っていた。絵の中に「小笠原」地図の絵が書かれているのだが、それを貼っている紙テープ(もちろん絵なのだが)が、妙にリアリティがあって、剥がそうとすれば剥がれるのでは?と思えるほど。まあ、そんなところを感心しているのは私だけかも知れないが。(笑)

私的には、秀作と駄作が玉石混合の感じがした。まあ、好みの問題もあると思うけれど。気に入った作品も数点あり、鑑賞できて良かったと思う。

1500円で販売されている『カタログ』には、「作品(カラー)・作者経歴・推薦理由・作者の顔写真」が載っていて、作品と作者の顔を並べて鑑賞できるのも、面白い。

Senbatu5 土曜の午後だというのに、空いていて、ゆっくり鑑賞できた。

常設展(セザンヌ「りんごとナプキン」・ゴッホ「ひまわり」・ゴーギャン「アリスカンの並木路、アルル」)の中にも入れる。

ソファーに座って、ゴッホ「ひまわり」を中心に真正面から鑑賞すること10分くらい、誰も来なくて独り占め状態で堪能できた。

いや~、贅沢な空間だったなあ。

公式HP http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html

鑑賞日 2006.4.1(土)  損保ジャパン東郷青児美術館

| | コメント (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »