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2006年4月30日 (日)

『「日本百名山」と日本人』貧困なる精神T集

Honoda1 『「日本百名山」と日本人』貧困なる精神T集 本多勝一著(2006.4.10)<(株)金曜日> を読んだ。

大学生の時、一番なりたかった職業が「新聞記者」だった。

当事、本多氏は朝日新聞社の編集委員で「署名記事」を沢山書かれていた。特にルポ記事は彼の右に出るものはいないくらいの秀逸なペン捌きで、憧れたものだ。

Honoda2 権力・体制側へのあまりにも愚直で、ストレートな切り込みが多いため、「敵」が多く、また右翼からの脅迫を常に受けていたので、メディアに出る時は、カツラにサングラス姿で身を守っていた。(今、現在も)

私などは、軟弱そのものだから本多氏の生き様を憧れつつ(彼は優れたジャーナリストであり、冒険家でもあり、山岳にも詳しい)、自分には無理だし、合わないし、だから毒舌も軽い感じでユーモアに富むスタンスというのが目指す方向かな。

本多氏の頑固というか、実直というか、生真面目さというか、彼は「USA」つまり、アメリカ合衆国をアメリカ合州国、「州」を使うことをずっと通している。確かにそれが正しいのだけれど。他に『何でもみてやろう』の小田実氏も「合州国」派だ。 もちろん軟弱な私は「合衆国」と書く…。(笑)

彼は「英語」という表現も好まず、「アングル語(いわゆる英語)」として、「日本語」や「アイヌ語」をもっと大切にせよ! と主張している。

“文化は言語から侵略・支配される”という、ことの本質からの危惧なのだ。(本多氏自身は英語も流暢だけれど)

Honoda13本多氏は、「本物や本質」を観る力、見極める眼を備えている人なので、その視点はとても参考になる。学生時代、彼の著書が出る度にすぐ入手しむさぼり読んだ。

デンゼル・ワシントンがその役で映画化されたので、今でこそ「マルコムX」を知っている人は多いけれども、本多氏はず~と、ず~~と前から、マルコムXの偉大さを紹介していた。

前置きが、長くなってしまった…。そう、いままで前書き。(笑)

今回、このシリーズが1年半振りに出版されたので早速読んだ。

その中で、ここで取り上げたいのは、

「そこに山があるから」にまつわるエピソードである。

この件について、本多氏は20年以上前から同様のことを言っているが、今回その確たる証拠もみつけての力の入ったものだった。

山岳仲間でも、そうでなくても「そこに山があるから」、というフレーズは名言として大衆化されている。

本多氏は、本来の意味と違って広まっていることに異議を唱えている。

そして、本来の意味でこれを捉え、冒険への精神論としての機軸・根幹として思いを語る。

Honoda6 引用する。(*マロリーは有名な登山家。この時点では、チョモランマ(エベレスト)は未踏峰、誰も登頂成功していない)

「 今から82年前の『ニューヨーク=タイムズ』(1923318日)は、合州国に滞在中のジョージ=L=マロリーへの面会記事を掲載した。マロリーはイギリスのチョモランマ(俗称エベレスト)登山隊に、すでに1921年と22年の2回加わっており、この時は3回目の1924年を前にしていた。同紙はマロリーに質す、

「なぜエベレストに登りたいと思ったのですか?

これへの回答が、有名な「存在するから」(Because It’s there)であった。」

Honoda11 即ち、マロリーが答えたのは、「“それ”があるから」であって、「それ」とはチョモランマであり、より正確には「まだ誰も登頂していない世界最高峰」である。2番目以下の標高の山でもなければ、2回目以後の登頂を目指す行為でもない。<だからItと大文字で強調されているのだろう。>このことは50年前の学生時代に書いた私の論文「創造的な登山とは何か」以来しばしば強調してきた。

となると、マロリーの言葉を「山があるから」などと訳すことがどんなにひどい誤訳か理解されよう。これはもう冒涜だ。何万人目か見当もつかぬ槍や穂高に登る行為と、世界最高の未踏峰を目指す行為――この正反対の登山とを一緒くたにしているのである。この大誤解やその亜流は、有名な登山家や著述家の本にもしばしばみられる。 」

つまり、本多氏は「世界最高峰のまだ誰も踏み入れていない未踏峰に挑戦する精神・行為が尊い」と、それがマロリーの本意であって、この名言を軽く扱うな、と憤っているのである。

Honoda8 マロリーは、この名言から翌年にあたる1924年、3回目のチョモランマで遭難し死亡(享年38歳)。(死体は75年後の199951日に発見される)

本多氏は、この項を以下の言葉でまとめている。

「マロリーの言葉は決して出まかせや軽い調子で語られたものではなく、偉大な岳人による深い洞察を背景にしてこそ口にできた名言であろう」

余談になるが、マロリーの孫(ジョージ・マロリー・ジュニア)が、1995年アメリカのエベレスト遠征隊のメンバーとして、チョモランマ登頂に成功している。やっぱり、血は争えない?!

この一件を知ってから(もちろん今回ではなく、学生時)、

「トムさんは、何故山に登るの?」と聞かれたら、

「そこに、僕の好きな山があるから」

と言うことにしている。

これなら、本多さん怒らないよね?! 名言…、いや迷言かな。(笑)

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コメント

マロリーの言葉は、確かに人口に膾炙されて間違って使われることが多いですね!
話しは逸れますが、トムとジャッキーさんにとっての青春の山は何処ですか!私は尾瀬、谷川岳、穂高ですね。あまりに通俗的というか、一般的ではありますが・・・・。山の本ではウインパーの「マッターホルン登攀記」が忘れられません!何せその昔、教材として原書で読まされ、苦戦した覚えがありますから!!

投稿: ぷららきた | 2006年5月 1日 (月) 22時27分

ぷららきたさん。

私の「青春の山」は、高校時代は「丹沢」「鷹取山」「北岳」。その後は、「槍・穂高」「蝶が岳」、そして一番好きな「剣岳」といったところでしょうか。
北海道の山も、東北の山も、いろいろ思い出はありますけれど…。

「槍・穂高」では、(恥ずかしながら)ヘリコプターのお世話になったこともありますし、真冬の「蝶が岳」ではもう少しで「あっちの世界」に行きそうになったこともありますし…(笑)。 あっ、もちろんほとんどは素敵な登山が多いですよ。でも、ハプニングは思い出に強く残りますからね!

その教授はご自分の趣味で教材を決められたのですね。ある意味ユニークですが、学生はたまったものではないですね。登山の専門用語が含まれるのですから。(笑)

投稿: トムとジャッキー | 2006年5月 1日 (月) 23時36分

はじめまして、「ジョージ・マロリー」で検索して来ました。

とても詳細な記事で感動しました。

 彼の登頂への足跡はいまだに謎のままですね。

けれども、彼が成功したかどうかというよりも、あの当時果敢に軽装備でエベレストへ挑んだ勇気と信念にはとても感動するものがありましたね~。

私も今回、「ジョージ・マロリー」について記事にしました。よかったら一度いらしてみて下さいませ~ではまた!

投稿: ルーシー | 2006年11月 5日 (日) 22時14分

ルーシーさん。

はじめまして。
コメント、ありがとうございます。

マロリーは、登山に少しでも関わった人には、
特別な存在ですよね。

「挑戦」する生き方とは何か、その原点をいつも考えさせられます。

投稿: トムとジャッキー | 2006年11月 6日 (月) 22時55分

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