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2007年10月13日 (土)

■ 徒然に…、&『インベージョン』、『象の背中』試写鑑賞記

2006315日に開設したこのブログ、昨日アクセス2万ヒット(自分のアクセスはカウントしない)となり現在20082、“無名”のブログにありがたいことである。方や、あえて文字だけで展開することに決めて半年後に開設(2006.9.14)した第2ブログは、現在5454のアクセス数。

読んでいただけている方から、間違ってこのブログに来ちゃった方も含めて(笑)、ありがとうございます。

今週は2本の試写『インベージョン』、『象の背中』を鑑賞した。ここのところ「勝手な映画評」を書けないでいるが(映画はいっぱい観ているけれど)、コメント形式でこの作品に後で触れたいと思う、特に『象の背中』について、何故ならば…。

10/12(金)の試写が有楽町であったこともあり、鑑賞後、オープン当日にあたっていた「有楽町マルイ、イトシアプラザ」に寄ってきた。まっすぐ帰るつもりだったけれど、ミーハー的好奇心健在の私はやはり足を止められなかった(笑)。探し物の商品があるかも気になっていたので「店内のご案内」を手にしながら(オープン初日、ほとんどの人が手にしていた、笑)散策してきた。たくさんの従業員も配置されていて、マルイの意気込み、オープン時独特の風景(至る所で名刺交換とか)などで新規らしさ、雰囲気が感じられた。

■映画『インベージョン』(10/20公開)

0710112原作は古典SFで、その4回目のリメイク作品。

久し振りのニコール・キッドマンの新作、期待を膨らませて観に行った。

0710113新種のウィルスに感染すると、見てくれは変わらないけれど別人化する。そのウィルスが世界を覇者し始める。感染者は睡眠(レム睡眠)すると、ウィルスが感染者を乗っ取る。

0710111そのウィルスの脅威と感染した母キッドマンが自分の子供を守るための闘いが、今始まる。

ニコール・キッドマンは、相も変わらず綺麗だった。キッドマンファンには必見の作品である。

■映画『象の背中』(10/27公開)  ※以下、ネタばれ有。

0710123主役の役所広司さんは好きな役者さん。周りを固める今井美樹、益岡徹らもお気に入りに入る。原作が秋元康。そして、林真理子、浅田次郎、児玉清らの重鎮!?が、チラシで作品を飾る絶賛のコメントを…。

私的には、今年観た映画の中で最低レベルの作品だった。あまりの気分の悪さにコメントを書きたくなった(笑)。私には、絶賛コメントを連ねる方々のセンスが分からない。

0710122この作品は「妻と2人子供の幸せな家族。会社の地位も得て順風満帆に暮らす48歳の中堅不動産会社部長の藤山(役所)が、末期肺がんで余命半年、と告げられる」ところから始まる。

彼の選んだ道は、治療をせずに「今まで通り最期まで生きる」ことで、彼と彼を取り巻く人々の半年を描く物語である。

チラシのコピーには「「今」この幸せを、生きていく― この秋、永遠に心に刻まれる感動作が誕生します。」とある。「人生で最も輝いた、夫婦の180日間。」とも。

私が、この作品に副題をつけるとすれば、

「自己中わがままパパの、自己満足な死に方」である。

0710124私は独身なので、もし妻がいて「余命半年と宣告」を受けたとすれば、自分だけで「治療しない」という結論をまずありきにはしない。なぜならば、最愛の妻に夫を失うことの「心の準備期間」を与えるべきと思うし、治療するか、しないかは妻の希望も聞く。

母が逝った時、私は「幽霊でも母に出てきて欲しいと願った」。肉親を失った遺族とはそういうものだと思う。今後の生き方/治療に関しては、本人と家族の思いは一緒でないこともあるのだ。

藤山は「治療しない」ことを一人で決めながらまだ大学生の長男にはすぐ告知し「一緒に背負ってくれ」と言う。そして病気が悪化し、妻、長女にも末期肺がんであることがばれる。

そして、藤山が起こした行動とは、

*彼(藤山)のことを覚えていない自分の「初恋の人」を興信所を使って探し出して、呼び出して逢い、その女(ひと)に「逢えてよかった」と言わせる。

31年前に喧嘩別れした親友と会い、和解する。

*仕事で恨みをかった下請けの人に許しを乞い、許される。

*自分が指導した“バブル型”プロジェクトが凍結しそうになるのをゴリ押し、後任者も自分の可愛がった人に会社の方針と反して変えるようにと自分にはもう怖いものはない、と脅迫的な表現で要求をする。

*愛人をホスピスにお見舞いに来させる(妻と対面させる)。

*断絶して実家を飛び出したのに、実兄に放棄した遺産を要求し確約する。さらに自分の骨の一部を愛人に渡してほしいと頼み承諾させる。

という、数々の行為をしながら、家族の優しさに包まれながら(病気発覚前から、息子も娘も父の言うことを素直にきく純な親思いの子供たち、病気を知った今は子供のけなげな気遣いと愛情を自分は一身に受ける…)、しかも妻には愛人を“自然に”許容させ、とどのつまりには妻に「今度生まれ変わっても、私にプロポーズしてくれますか?」と言わせる。

そして、最期は妻と2人の子供に見守られ、見取られる。

「末期肺がんで、治療を拒否する」のは、本人の自由かも知れない。しかし、今までの生活同様、彼はどこでもかしこでもタバコを吸い続ける。そのシーンがこれでもか、これでもかと頻繁に多発なのだ。

「がん“治療”患者」には「1本も吸うことを許可されない医療」に対照的な表現をしたいのだろうけれど、提供がまるでJTかと思ったくらいだ(苦笑)。

私は、先のない患者に好きな嗜好品を全く与えないのは酷だと思う(私自身、今は禁煙しているが、20代半ばまで毎日1箱は吸っていた喫煙経験者なので吸いたい気持ちは分かるけれど)。しかしながら、病症を心配している人たちの目の前で、プカプカ吸う神経はどうかと思う。少ない本数を惜しむように味わえ!って言いたくなった。

この最低な映画、千住明さんの優しく流れる旋律のサウンドだけが救いだった。

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